水原秋桜子に『近代の秀句』という本がある。時おり開いては、その季節の秀句を拾い読みするのが楽しい。昭和時代の春の項に
旅人におくれて峡の雪消かな 松根東洋城
秋桜子はこの解釈に、「春が来て、山の上に青空が見えるようになると里人はほっとする。しかし雪はまだなかなか解けない。渓もすっかり埋められているが、その底の方で水の流れる音が聞こえるようになってきた。ぽつぽつと旅人が通りはじめる。皆いそぎの用を持っているとみえて、雪が融けるのを待ちきれない。」と書いている。
先日行った泉ヶ岳で撮った写真を見返してみていると、この句の雪消の青空が、想像から現実の世界へと広がっていった。シラカバの木の根元にはまだたっぷりと雪が残っている。その先へカメラをふると、真白な山が神々しい姿をみせている。山歩きの楽しみは、こんな風に反すうしながら、記憶の倉へと納められていく。