この時期、月山道を越えて庄内へ向かうと、会社に勤めていた頃を思い出す。この山岳道路のは、月山や摩耶山地の山々が近くに迫るが、5月の連休を過ぎると、木々は一斉に芽を吹き、輝くような新緑に包まれる。東京から出張してきた同僚と、この新緑に癒され、山麓の山菜料理の店で春の香りに舌鼓を打った。今回の湯の沢岳は、道路から新緑をみるのではなく、山頂への登山道で新緑のなかに身を置き、残雪と新緑、咲きはじめた高山植物の花々を愛でることにある。
湯の沢岳は標高963m、旧朝日村の役場脇の林道を湯の沢ダムに入ったところに登山口がある。情報では、大部分の登山道の雪が消え、山頂周辺に雪を残すのみとのこと。昨日までの、冬に逆戻りしたような気候が一変、青空のもと気温も一気に高くなった。登山口から一合目までの林道わきにはワラビ、ゼンマイが顔を見せている。川の付近では、ブトが発生し、人の汗に寄ってくる。
スギ林を過ぎ、2合目付近からブナの樹林帯になっている。橅の漢字をみると、木へんに無である。ヒノキやスギを用材として使われるようになって、ブナは木の扱いを受けなくなったことを物語っている。ブナの分布を見ると、豪雪地帯にブナの純林が存在する。ブナが雪に強いためで、雪の降らないあるいは少ない所で勢力を張るツガ、ヒノキ、モミのような針葉樹が雪に弱いためにブナのひとり勝ち状態になっている。写真で見る瘤のある幹は「あがりこ」と言われる。積雪のために切断された部分に新しい枝がでることをくりかえしてこのような形状になる。そこからでる枝の若い生命が樹全体を若返らせ寿命を延ばす。
登山道には、イワイチョウ、ショウジョウバカマ、ムラサキヤシオなどの可憐な花々を見かけた。しかしそれらは、ブナの新緑の輝きの前に顔色がない。愛読書に朝日山岳会の佐竹伸一先生の『朝日連峰の四季』がある。佐竹先生のブナの新緑礼賛の言葉を引いて、ブナの魅力を語ってもらう。
「ブナの葉の淡い緑が、冴々と山肌に輝きだした。鮮やかで清々しく、なんと生気に満ちた色だろう。暖かい日差しの中で、歌うように光へと向かって葉をひろげていく。(中略)一気に高みへと上昇して行くブナの新緑前線。雪解けの速さが、駆け上るブナの新緑の速さに追いつけないのだ。」
頂上近くなって、ブナ林はまだ雪の中。登山口からここまで、もう三時間をはるかに超えてしまった。金峰山、母狩山から湯の沢岳に続く尾根道へ出るまでは急登が続く。朝、5時に金峰山から三山を踏破してきた若者が軽い足取りで降りて来た。スニーカーを少し頑丈にしたようなスポーツシューズ履いている。我々一行は、急坂に疲れ気味に昇っていく。本日の参加者10名、内男性は3名だけ。
頂上から月山がまじかに見えた。頂上で地元の登山者の面々に出迎えられる。この山への登山道を新しく作る計画た語っていた。やまがた百名山のひとつで、この山にもっと多くの登山者を迎えたいのであろう。眺望を見る楽しみは、かって登った山を確認すること。ここから、品倉山の姿を小さく見て、あの時の感動を語りあうのは、山に登っているものしかできないことだ。次に登った山で、この湯の沢岳がどのように見えるか、また楽しみがひとつ増えた。