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常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

家事

2018年05月28日 | 日記


私には妻に先立たれた友人が二人いる。一人は大宮にいて、妻を亡くしてから小説を書いた。某出版社の懸賞小説に応募したことを饒舌に話してくれた。内容は、妻にかわって自らが主夫になる話であった。今まで妻に任せていた家事一切を、自分が受け持ちこなしていくという話だ。自分がやった家事を、厳しい妻の目で確かめてもらい合格点を貰うまで決して不平を漏らさず、何度でもやり直す。そんな主夫の努力をテーマにしたものだ。話を聞いて、小説にしても、入選しそうな内容でないと思ったが、執筆の動機はいざ一人で暮らすと妻の存在が大きいことに気づいたことにあるように思う。その話を聞いてから長い時間が経ってしまったが、入選したいう知らせがないところを見ると失敗したのだろうと思っている。

もう一人は札幌にいて、動けなくなった妻を自宅で看病しながら、家事をした。料理をする夫の姿を見ながら、奥さんからダメ出しが来る。「いやあ、散々だったよ。あんまり何んにもできないもんでね。でも、今になってはもっと聞いておけばよかった。」と述懐している。昨年、彼の家に泊めてもらったとき、こうして習得した料理の技術で、おいしい野菜サラダと味噌汁を作ってくれた。独り暮らしにも慣れたのか、なかなか手さばきであった。

この月末から、ちょっと事情があって妻がひと月ほど家を空ける。普段何もしない私なので、妻は心配らしく、いろいろ注意してくれる。早い話、圧力なべの扱い、米のとぎ方、洗濯機のボタンや干し方どれひとつとして聞いておかないと困ってしまう。だが、これは天が与えた好機なのかも知れない。いずれはどちらかが欠ければ、一人の生活を余儀なくされる。その時、身の回りのことをひとりでこなす技を習得するチャンスである。思い起こせば、退職して自由の身になったとき、「男の料理教室」に通った。このような時に役立てばという思いであったが、実践しなければ、そんなものも役には立たない。「メンドリとうさん」とは、フランスで料理もできる男を言うらしい。この一ヶ月それを目指して、毎日を生きる。
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