冬になって本棚の奥の方を漁るのが日課になった。一冊の手あかのついた文庫版が出てきた。ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』である。手あかや本についたシワや汚れ具合から見て、この本は娘たちの子どもの頃の愛読書であったのであろう。イギリスの童話の名作として、世界中の子どもたち、また幅広い年齢層の人々から読み継がれてきた。我が家の本棚に、角川文庫の一冊として残されていたのも奇跡に近い。
『不思議の国のアリス』を書いたのは、オックスフォード大学の数学の教授であったルイス・キャロル(ペンネーム)である。彼は独身で、大学の寮で生活をしていた。ある天気のよい初夏のころ、寮長の三人の娘を連れてテームズ川にピクニックに出かけた。娘たちの真ん中の子にアリスがいた。せがまれて、その場で即興で語ったのが「アリスの地下の冒険」である。
「アリスは、土手の上でお姉さんのそばにすわっているのが、とても退屈になってきました。」物語は、こんな書き出しで始まっている。するとアリスは一匹の赤い目をした白兎が目の前を通っていくのに気づいた。兎を追いかけて行く内に、兎が垣根の下にある大きな兎穴に飛び込んで行くのみつけた。アリスも迷うこともなく、その穴に飛び込む。深い、深い穴。どこまでも、どこまでも落ちていく。地球の半分も落ちてきたと思えるほどの深い穴だ。
ドスンと落ちたのは、壁で仕切られた四角な部屋。テーブルがひとつあり、その上に鍵がひとつ置いてあった。カーテンの向こうに通路があり、その向うに素晴らしい景色の庭園が見えた。鍵でドアあけるが、余りに小さくそこから出ることができない。テーブルに引き返すと、一本の瓶が見つかった。それを飲むとアリスの身体はみるみると小さくなっていく。今度こそドアから出ることと試みるが、鍵がかかっている。鍵を取ろうとしても、小さすぎてテーブルに手が届かない。アリスが流した涙が部屋中にたまり、海のようになってしまう。お菓子を口にすると、今度は3mを超すような大女になってしまう。
一度読み始めると、読むのを止められなくなる面白さだ。童話と言えば、当時のイギリスでは教訓、道徳を説いたものが主流であったが、『不思議の国のアリス』の出現によって、自由奔放な空想が取入れられ、現代の児童文学の基となった。