満開の桜を見て、雪の筑波山に登ってからほぼ2週間が経つ。花の神は、この地方にも舞い降りて、坂巻川の桜を咲かせている。昨日、ブログ仲間の方が、同じ場所の桜をアップしていた。ここは家から近いので、ひょっとして、この方が写真を撮っているを見かけているかと、思ったりした。
ところで、能に「桜川」という演目がある。この話の舞台は、筑波山の麓の桜川である。西の吉野、東の桜川と称される桜の名所である。今ではソメイヨシノが多いが、かつては山桜の群生地で天然記念物にも指定されている。桜川を有名にしたのは世阿弥の謡曲「桜川」の舞台になったことである。
日向の国に生れた桜子とその母が、この謡曲の主人公である。桜子と名付けられた少年は、小さいうちに父を亡くし、家は零落していた。母の苦労を見かねた桜子は、村に来た人買いに自らを売り、文とお金を母に届けさせて、東国へと下って行った。
文には「母上の御ありさまを見るにつけても、悲しくてならないので、身を売って東国へまいります。かへすがえすもお名残りおしうございます」とあった。
母は氏神である木花咲耶姫にひたすら、祈り、わが子を止めてくれるように祈った。だが、それも叶わぬと、半狂乱となって家を出る。舞台は、常陸の国の磯部寺。桜子はここの住職に拾われて弟子になっていた。住職は弟子たちを連れ出し、桜川へ花見に行った。筑波山の峰々には、桜が咲き乱れ、ことさらに春めいて美しい。やがて一行は桜川へとやってくる。
そこで評判になっている女の物狂いが登場する。美しいすくい網を持って、川に流れる桜の花をすくう姿がたとえようもなく美しく、おもしい、というので一行はその女物狂いを見ることにした。
桜花
散りぬる風の名残りには
水なき空に
波ぞ
こう謡いながら踊る女こそ桜子の母であった。住職は、拾った弟子に違いないと、二人を引き合わす。この謡曲のクライマックスがやってくる。
散ればぞ波も桜川
散ればぞ波も桜川
流るる花をひろはん
再会を果たしは親子は、手を取り合って、日向の国へと帰って行く。仏道へ入って二人は幸福な生涯を送った。宮崎市の郊外には、木花咲耶姫を祀る桜川神社が今も遺っているいう。