常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

アヤメ

2021年05月16日 | 日記
アヤメが咲いた。水郷の潮来では、あやめ祭りが始まるが、今年は船に乗った花嫁披露はコロナ禍で中止となるらしい。例年は、潮来での開花が5月下旬ということだから、この辺りでアヤメやイチハツ、ジャーマンアイリスが咲くのは2週間ほど早い。「何れがアヤメかカキツバタ」という言葉もあるように、アヤメとカキツバタを見分けるの難しい。品種の改良で、年々新種も登場しているので、どれがと言われると困ってしまう。

平安の末期に源頼政という武将がいた。平家が権勢を振るうなか、源氏系で三位に登った長老である。近衛院の仁平3年の春、宮中の屋根に怪鳥が夜な夜な、飛来し院を怯えさせた。余りの恐ろしさに、院は病となり容態が悪化していった。宮中から、怪鳥退治を命ぜられたのが、兵庫頭であった頼政である。頼政は雲の中に光るものを見て矢を射かけると、みごとに命中。「ギャー」という悲鳴を上げて地上に落ちてきた。まわりを固めた兵士たちが、この鵺を仕留めた。院の病はこれをさかいに快方へ向かった。かねて、頼政が院の側室であるアヤメの前に懸想していることを知っていた院は、この度の鵺退治の褒美に、アヤメ御前を娶らせることにした。

しかし、この時、院はある意地悪をした。「そちが懸想したアヤメの御前がこのなかにいる。よもや間違えることはあるまい。」と言って、いずれも着飾った女房12人を頼政の前に勢ぞろいさせた。頼政からすれば、アヤメ御前をチラッと見て懸想したのだ。このように美しい女房たちを目の前にして、判然とアヤメ御前を見出すことができない。悩みに悩んで院に差し出したのは、和歌一首

五月雨に沢辺の真薦水越えていづれ菖蒲(あやめ)と引きぞ煩ふ

水かさがアヤメの在処を見失うという頼政の正直な吐露に、院は感じいり、アヤメ御前を頼政の前に連れ出して娶せた。我々が何気なく使う「何れがアヤメかカキツバタ」という慣用句に、こんな昔の伝説が隠されている。

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