「インパール作戦」(ビルマ)
イギリス軍と日本軍の戦い。
インパール作戦は、食量補給なく 無謀な作戦であった。
戦死者 3万人 傷病死 4万人という。マラリヤや疫病、飢えで死んだ。
第15司令部 牟田口中将による無謀な作戦。これが裏目に出る。 牟田口は死ぬまでこの戦いの正当性を唱えていた。77歳でこの世を去った。
NHK BSテレビ 12月10日 夜10時から「戦慄の作戦 インパール」が、2時間にわたり放送されました。
進軍の時は乾季でしたが、戦況不利となり撤退する時は雨季の季節、撤退する中で飢えと病で多くの兵士が亡くなった。多くの死者が出て、撤退した路は「白骨街道」といわれているのです。
友軍の死人の肉を切って物々交換をしたという話も、当時戦地に出向いていた軍人の証言もあり、戦いはよほど悲惨であったようです。
三方向から進軍していたのですが、北の31佐藤師団長が独断で撤退を命ずるほど勝ち目は見つからなく、まったく異例ですが、それほどひどい戦いだったのです。
我が家の長男(三好正一)はこの戦いで戦死したのです。
歴史的に検証されたこの放送は印象深い放送でした。
★ 今日、12月10日の午後二時から開かれた「藻岩山の森の音楽会」に出掛けました。