園長です。
新年度が始まったと思ったら、もう5月になろうとしています。4月の忙しさは格別です。頭はゆっくり進もうとしているのに、世間がそれを許さない。保育園の園長はほんと因果な商売なのです。それでもやっと決算の目処がつき、事業報告書の内容も整ってきました。それが終わると、本格的に園舎の建て替えに突入です。今から体調を整え、これに備える準備をしたいと思います。
さて、毎日忙しい我が家では、一番末娘との親子3人家族なのですが、肉類はほとんど食べません。野菜と魚が中心の食事です。少し前は寒さが厳しく、野菜の値段はものすごいことになっていました。妻からお使いを頼まれ、「大根」と「キャベツ」を頼まれたのですが一本400円の小さい大根、一個300円の小玉の春キャベツ。主婦でなくても「高い」と思いました。最近は少し値が戻っているようですが、野菜中心の食生活は意外とお金がかかるのです。
今日は久しぶりに「すき焼き」が食卓に上がりました。我が家の「すき焼き」は豚肉が中心です。でも今日は豚肉なのに牛肉の味がしました。我が家の妻は料理が得意なのでいろいろ工夫をします。牛肉の秘密は「バター」でいためたことによる効果だそうです。恐れ入りました。でもたまには本物の牛肉も食べたいなあ。白菜は高いのでキャベツ、春菊も高いので長ネギと玉ねぎが入っています。そのほかは糸こんにゃく、豆腐。これが我が家の定番のすき焼きです。もちろん「溶き卵」で食べます。これでアルコールを飲まなければ、ほんとに健康家族なのですが・・・。
玉ねぎと言えば大学時代のアルバイトを思い出します。1日5000円、10日で50,000円のはずだったアイスキャンディ売りのアルバイト。若気の至りで「テキヤ」さんのアルバイトで神奈川県の三浦半島にある「油壺」と言うところでバイトをしました。もちろん泊りがけの3食付です。「日刊アルバイトニュース」で探していったのですが、世間知らずとはよく言ったもので、現地について初めて「テキヤさんの仕事」だと気がつきました。それでも帰るわけにいかず、「社会勉強だ」と割り切って10日間だけすることにしました。学生時代は時間が有り余るくらいあったのです。そこでの経験は私の人生の中でも思い出が深いものになっています。そもそも1日5,000円だったアルバイト料は10日間で5,000円でした。私は文句を言いましたが、「後で実家に9日分送るから実家の住所と親の名前を書け」と凄まれ、あえなく1日500円のバイト料になったのでした。それでも楽しいことがたくさんありました。背中に鯉の入れ墨を入れた私たちの世話人はとても良い人(楽しい人)で1日のノルマ(1個30円のアイスを150円で1日30個以上売ること)を達成すると、いわゆるテキヤ人生の楽しい話をしてくれるのでした。バイト10人くらいを束ねており、たまにはカキ氷をおごってくれたりもしました。その中で1番思い出に残っているのが、食事当番が作る「たまざし」でした。彼が私たちに一番最初に教えてくれたのが「たまざし」でした。「これから刺身を作るからよく見ておくように・・・。」と言って作り始めたのが、玉ねぎの刺身・・・いわゆる「たまざし」でした。玉ねぎの薄皮を剥き、半分に割り、横に薄く切ってスライス状にします。それを水にさらし、大きなボールに入れ、各自の皿に取り分けるのです。それに鰹節(たまにない時もある)をかけて、醤油をたらす。おかずはそれだけ。御飯だけは食べ放題でした。最初の2日間くらいはなかなかなじめなかったのですが、なれるとこれが体に良いんです。たまに卵がついたりすると大騒ぎ。人間はどんな食べ物でも仲間がいるとおいしく食べられるのです。
今では考えられない食生活ですが、それしかないと「おいしく」感じるから不思議です。10日間、ほとんど変わらない「たまざし」がおかずでした。1日500円のバイト料でしたが、私にはかけがえのない経験になりました。我が家ではたまに「たまねぎ」がスライスで出てきます。私の高血圧に良い、ということで妻が作ってくれるのですが、これを見るとあの頃の「たまざし」の思い出が鮮明に蘇ってきます。そのうち保育園でも「たまざし」をごちそうしたいと思っています。
玉ねぎのスライスと言えば「オニオンス ライス」。貧乏学生が食堂に入っておなかがいっぱいになりそうなメニューだと思って注文したメニューが「オニオンス ライス」。少し英語ができたので、理解したのが「玉ねぎがいっぱいのご飯」。オニオンが複数形、しかもライス付き・・・という解釈でした。出てきたのは「玉ねぎのスライス」のみ、彼はこれから「ライス」がでてくると思い30分もじっと我慢したということです。断っておきますがこの貧乏学生は私ではありません。人生いろいろ、苦しい時の経験は時として人生を豊かにしてくれるものです。「辛い経験は買ってでもしろ。」という昔のことわざが少しだけわかってきたような今日この頃です。