園長です。
我が家は、最近ほとんど肉を食べません。別にベジタリアンではないのですが、おかずは圧倒的に魚類が多いです。魚も「魚肉」というくらいですから肉の1種かもしれませんが、我が家で1番食材に使う肉は、「豚肉」です。次いで「鳥」、「牛」の順です。今日は、久しぶりに牛肉を食べました。私は魚のほうが良かったのですが、我が家の財務大臣が、「今日は肉が食べたい。」の一言で牛肉のステーキになりました。高価な肉ではありませんが、一家3人で食べるには十分です。1枚700円の肉2枚です。いつもは肉を焼くのは私の役目なのですが、今日は妻がじっくりと下ごしらえして焼いてくれました。私はニンニクなど入れないのですが、今日はたっぷりと入っており、いい香りが漂っていました。いつもは月曜日が「休肝日」なのですが、今年に入ってから、毎日飲んでいます。今日は肉ということで「赤ワイン」をいただきました。
肉と言えば、2000年にアメリカの保育事情を研究するためにサンフランシスコ、ロサンゼルスに行きましたが、ステーキについての認識がだいぶ変わったのを覚えています。あちらのステーキは、まるで「草履」を2枚重ねたくらいの大きさと厚さで、食べごたえ十分でした。15人くらいで行ったのですが、完食したのは私を含めた2名でした。しかし、次の日、その一人は食べ過ぎで、サンフランシスコの病院に担ぎ込まれました。それもそのはず、肉は厚さ4センチ位もあり、まるでバスケットシューズの靴の底を食べているような感じでした。私は、肉の前の野菜にほとんど手をつけなかったので食べられたのだと思います。「肉を食べるときはたくさんの野菜もたべること。」だそうで、出てきた野菜は30センチくらいの大きさのボールに山盛り一杯の野菜の盛り合わせ。レタス、キューリくらいならまだしも、得体のしれない香草がたくさん入った、野菜は、喉を通ることもありませんでした。そのせいで私は巨大ステーキを平らげることが出来たと思っています。そうそう、パスタも巨大な量でした。半分も食べることができませんでした。一緒に行ったメンバーはステーキを半分食べた人は4,5人で、ほとんどは半分以上残していました。パスタは誰一人として完食した人はいませんでした。第2次世界大戦で日本が負けた理由がはっきりわかりました。肉をあんなに食べている民族には勝てない・・・と。
先週行った「伊豆下田」の「黒船博物館」で、ペリー達は肉が食べられないので代わりに「ウミガメ」をさばいて食べたという記録を読みましたが、アメリカ人は肉であれば何でも食べていたようです。ペリーが総領事館で食べたある日の夕食の献立が載っていましたが、小魚と野菜、刺身などでした。私には十分な量ですが、当時の外人には物足りなかったようです。総領事館になっていた玉泉寺は、日本で初めて牛がされた場所でもありました。牛乳も初めて作られた場所でもありました。当時の日本人はびっくりしたことでしょう。ご飯と魚介類のおかず、味噌汁、漬物が普通であったのに、肉を食べる人間が現れたのですから・・。今では普通に肉を食べるようになった日本人ですが、食生活の変化は、日本の文化、生活までも一変させてしまったようです。もう一度、日本人にあった食生活を考えてみたいと思います。