ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

だいじな人が 逝く

2021-05-29 14:51:04 | 心残り
  1.「これ、ほしい!」 

 産炭地だった赤平には、
『鞄いたがき』の本店がある。

 札幌狸小路や新千歳空港内に支店があるが、
本店を知ったのは、伊達で暮らし始めてからだ。

 5年前のことになる。
お盆のお墓参りをした日だ。
 滝川の松尾ジンギスカンで昼食をとり、
家内の実家がある芦別へ戻る途中、
私と家内、義母で、その本店に立ち寄った。

 周りの雰囲気とは違う洒落た店構えで、
店内は明るく、外観よりもさらに都会的だった。
 陳列品は、すべて「いたがき」オリジナルの革製品。

 初めて店内に入った義母は、
その高級感に少し驚いていたようだったが、
しばらくすると女性用鞄のコーナーにいた。

 私は、近寄り、やや冷やかし半分に声をかけた。
「何か、お気に入りでもありましたか?」。
 義母は、そこに置かれていたバックの1つを指さし、
「これ、色も形も素敵ね」。

 見ると、ワインレッド色したバンドバックの中でも、
ひときわ洗練されたデザインの物だった。
 「ウウーン、なるほど。
それがいいなんて、センスいいですね。さすが・・。」

 私が、手にとってみるように、薦めると、
すかさず店員さんが義母へそのバッグを渡してくれた。

 すでに92歳になっていた。
それでも義母は嬉しそうに、それを腕にかけた。
 その時、すばやく値札を見た。
やはり高級品らしい値がついていた。

 何を思ったのか、義母は突然、私の顔をのぞき込み、
「これ、ほしい!」。
 女性が恋人にねだるような仕草に似ていた。

 私は、一瞬返す言葉が見つからずにいると、
今度は真顔になって、
「でも、もうこれを持って行くところなんてないし・・。」

 寂しげなその言葉が、私には響いた。
「これからだって、
いつかどこかへ出掛ける時があるかも知れませんよ。
 その時、持って行けばいい。
私が買って上げる。
 今度の誕生日でいい?」。
言いながら、次第に本気になっていた。

 義母は何を思ったのだろう、早口で言った。
「じゃ、100歳になったら、買って!」。
 「それは・・、まだまだ先過ぎるなあ」。
「それでいいの」。
 それまで店内を明るくしていた陽差しが、
急に陰った気がして、私は焦った。

 「でも、それじゃ・・・。
そうだ。私の母が死んだ歳を超えたら、
96歳になったら、プレゼントするね。
 それで、いい?」。

 私の思いつきに、義母は反応した。
「そうね・・! 私も、渉さんも鼠だから、
その年の誕生日まで、頑張って生きるわ」。
 いつもの丸顔が、ニコッと私を見た。
 
 その日から、月々のわずかなお小遣いから、
バンドバック用の積み立てを、私は始めた。


  2.全てはコロナ禍・・と

 昨年は、そのねずみ年だった。
高齢者住宅暮らしだった義母は、
3月からのコロナによる面会禁止も加わり、
認知症が急速に進んだ。
 介助が必要になってしまった。  
 
 でも、私はプレゼント計画を進めた。
いたがき本店に電話し、積み立てたお金を振り込み、
96歳のバースディー祝いを注文した。
 お店の方は快く、その日に義母のいる隣町の施設まで、
それを届けてくれた。

 数日後、ベット上におき上がった弱々しい義母と、
横に置かれた上品なハンドバックが一緒の写真を、
義姉が送り届けてくれた。

 その後、認知症はさらに進んだ。
同時に内臓疾患も悪化し、
施設から病院へ移り、寝たきりになった。

 面会は、親子であっても許されなかった。
「感染予防対策です!」。
 病院のひと言には、誰も逆らえなかった。
ただただコロナ収束をと祈った。
 
 その願いも叶わないまま、1年が過ぎ、
今月、97歳の誕生日の2日前に、
病院から最期の知らせが届いた。

 コロナ禍だからと、思いつつも、
誰1人として家族が看取って上げられなかった。
 理不尽さだけが、心に残り、膨らんだ。

 葬儀は、子供4人の夫婦、つまり8人だけで行った。
北海道も緊急事態宣言下だ。
 これも、8人がそれぞれが、
「致し方ない」と思うしかなかった。

 告別式は、義母の誕生日と重なった。
その朝、棺を前に、
義姉の声かけで『ハッピーバースデー』を8人で合唱した。

 「寝たきりでもいいから、生きていて、
まだ温もりのある手を握れる日を願っていたのに・・」。
 歌いながら、家内の言葉を思い出し、声がつまった。
 
 義母・時子の「時」を生かし、
戒名は『 時 室 松 薫 信 女』となった。
 『松』は長寿、『薫』は風薫る季節の旅立ちの意と理解した。
実に、義母にふさわしい。                     
                         合  掌




   マイガーデン・「ブルースター」

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