周辺の山々は、1ヶ月程前より色を変え、
濃い緑色から赤と黄色の輝きへと移ってきた。
まもなく、すべての山の木は落葉し、幹と枝だけになる。
春の山は、木々が新しい葉におおわれ、『山がふとる。』と言う。
それに対し、秋の終わりは、『山がやせる。』と言うらしい。
こんな情感ある表現に、日本語の素晴らしさを覚えるのは、
私だけなのだろうか。
もうしばらくすると、山は雪に閉ざされる。
だから大自然は、多彩な色で今を飾り、
これから厳しい季節へ立ち向かう人々に、
贈り物をしているのだと私は思っている。
移住して4回目の秋である。
太陽の軌道が変わり、その陽差しがずいぶんと低くなった。
だから、山々の斜面は、その光りを真正面から受ける。
それだけでも、この時季の山はまぶしくて綺麗。
なのに、色づく。山の美しさは、最高潮だ。
4年越しの紅葉狩りになるが、
是非とも行きたいドライブコースがあった。
平成14年の公募で命名された『ホロホロ峠』を通過する
山岳の北海道道86号白老大滝線である。
ハンドルを握ることに、さほど不便さを感じないまでに
右手は回復してきた。
大自然からの贈り物のおすそ分けをと、思い切ってマイカーで向かった。
今は、『四季彩街道』と名づけられているが、
この道は、道内有数の豪雨地域である。
道路建設は、着工から20年の歳月を費やす難工事のすえ、
平成10年に開通した。
今も、1月から4月下旬までは冬季通行止めとなる。
そのため、工事が継続されていると言う。
快晴とは言えない日だった。
白老ICを出て、山へと向かって30分、
案の定、ポツリポツリと雨に見舞われた。
しかし、それ以上にはならず、時折、雲間から青空も見えた。
休日だからか、ひっきりなしに乗用車やオートバイとすれ違った。
峠に近づくにつれ、助手席の家内の歓声が増した。
凄いのひと言である。
そこは、木々が紅葉しているというよりも、
眼下の、その一つ一つの山が、
まさにすっぽりと赤や黄色におおわれ、連なっていた。
幾重ものあざやかな彩りの山肌が、私の視界の全てになった。
前置きが長すぎた。
この峠道を超えたところに、北湯沢温泉郷がある。
大規模温泉ホテル2軒、そして温泉旅館・宿舎が数軒点在している。
紅葉狩りの終着は、日帰り入浴ができる、
ここの大型温泉ホテルへ立ち寄ることだった。
客室230室、最大収容人員1368名のホテルである。
日帰り客もさることながら、
その日も、山吹色の作務衣に着替えた宿泊客で賑わっていた。
いつものように家内とは、入浴時間の確認をして別れた。
脱衣室も広く、隅々まで見渡すのが難しいほどだった。
私が、脱衣を始めた時だった。
車イスが入ってきた。
山吹色の作務衣、眼光が鋭く丸刈り、大柄な方だった。
介助の方はなく、車イスをゆっくりと動かし、
私とは正反対の脱衣かごに向かった。
浴室に入ると、これまた広く、
温泉の温度ごとに、39度から42度まで、
大きな浴槽が、5つ、6つに分かれていた。
その他に、露天風呂に打たせ湯、サウナに水風呂等々。
私は、もっぱら低温半身浴派で、そこでの長湯が好きだった。
一度、体を洗って、再び低温浴へ。
その浴槽に、車いすで脱衣室に入ってきた方が来た。
彼は、杖をつき、両足には滑り止めなのだろうか、
真っ白で薄手の軽そうな、かかとにベルトのついた
サンダルをはいていた。
タオルを首にぶら下げ、浴槽の介助用パイプに杖を立てかけ、
そのパイプを手がかりにして、一歩一歩確かめるように湯船に入った。
全身を湯にうめても、パイプを片手でしっかりと握っていた。
左半身が不自由なのだろう。
左ひじは曲がったまま、歩行もなかなか難しいようで、
その動きはものすごくゆっくりだった。
しかし、見事なまでに屈強な体つきだ。
180センチはあるだろうと思った。
ゴマ塩のイガグリ頭などから、私と同世代だと思う。
背中の盛り上がった筋肉が、
厳しい仕事に従事してきたことを想像させた。
じっと湯につかっていた彼は、
おもむろに介助用のパイプをたよりに、立ち上がろうとした。
そして、それをあきらめた。
しばらくして、またその動作をした。
不思議に思い、私は彼の視線の先を見た。
一面ガラス張りのその先には、
紅葉した山の斜面が、西陽を受けていた。奇麗だった。
彼は、そのガラス窓まで近づきたかったのだと思った。
「ガラスのところまで、手を貸しましょうか。」
私は、近づいて声をかけた。
一瞬、私を見上げて、
「いやいい。ガマンする。」
力強く、しっかりとした口調だった。固い意志を感じた。
「そうですか。」
静かにその場を離れた。
「ありがとう。」
彼の声が届いた。
武骨な声だったが、湯煙の中をゆったりと流れていった。
その後、彼は首のタオルを、介助用パイプにかけ、
片手で上手にしぼり、顔の汗をぬぐった。
そして、これまた一歩一歩杖をつきながら、シャワーへ向かった。
彼の後ろ姿から、私は勝手に、
「こんな体になっても、まだまだ引き下がったりしない。」
そんなみなぎる強さを感じた。
そうだ、時間を忘れていた。
私は、急いで湯を上がり、汗をふきふき、脱衣室を出た。
日帰り客用の休憩室は、賑やかだった。
幸い家内は、まだいなかった。
私は、混雑をさけ、
宿泊客も利用するロビーの一角に腰をおろした。
若干離れた、はす向かいに、
作務衣がよく似合う、同世代と思われる女性がいた。
男子用の脱衣室の方に体を向け、イスに軽く腰かけていた。
時折、タオルで顔の汗をおさえながらも、
背筋をすっと伸ばしたその姿勢は、
他の湯あがり客とはちがって見えた。
しばらくして、再びその女性に目が行った。
その時、脱衣室から車イスが出てきた。
車イスは、その女性に近づいた。
女性は、立ち上がり、一言二言、言葉を交わしていた。
彼は、女性が抱えていた大きめの浴用手提げ袋を自分の膝にのせた。
女性は後ろにまわり、静かに車イスを押しながら、
ホテルの奥へと去って行った。
あの凛として見えた女性の姿が分かった。
あれは、不自由な体で、一人入浴する夫を案じていたのだ。
それを知っていたのだろう。
彼は、そのねぎらいとして、大きめの手提げ袋を膝に置いたのだ。
「ご主人、一人でしっかり入浴してましたよ。」
そんな言葉は、大きなお節介と気づいた。
やはり、北の大地には、デカい男がいる。
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掘り出したビート根の長い山 やがてダンプカーで製糖工場へ
濃い緑色から赤と黄色の輝きへと移ってきた。
まもなく、すべての山の木は落葉し、幹と枝だけになる。
春の山は、木々が新しい葉におおわれ、『山がふとる。』と言う。
それに対し、秋の終わりは、『山がやせる。』と言うらしい。
こんな情感ある表現に、日本語の素晴らしさを覚えるのは、
私だけなのだろうか。
もうしばらくすると、山は雪に閉ざされる。
だから大自然は、多彩な色で今を飾り、
これから厳しい季節へ立ち向かう人々に、
贈り物をしているのだと私は思っている。
移住して4回目の秋である。
太陽の軌道が変わり、その陽差しがずいぶんと低くなった。
だから、山々の斜面は、その光りを真正面から受ける。
それだけでも、この時季の山はまぶしくて綺麗。
なのに、色づく。山の美しさは、最高潮だ。
4年越しの紅葉狩りになるが、
是非とも行きたいドライブコースがあった。
平成14年の公募で命名された『ホロホロ峠』を通過する
山岳の北海道道86号白老大滝線である。
ハンドルを握ることに、さほど不便さを感じないまでに
右手は回復してきた。
大自然からの贈り物のおすそ分けをと、思い切ってマイカーで向かった。
今は、『四季彩街道』と名づけられているが、
この道は、道内有数の豪雨地域である。
道路建設は、着工から20年の歳月を費やす難工事のすえ、
平成10年に開通した。
今も、1月から4月下旬までは冬季通行止めとなる。
そのため、工事が継続されていると言う。
快晴とは言えない日だった。
白老ICを出て、山へと向かって30分、
案の定、ポツリポツリと雨に見舞われた。
しかし、それ以上にはならず、時折、雲間から青空も見えた。
休日だからか、ひっきりなしに乗用車やオートバイとすれ違った。
峠に近づくにつれ、助手席の家内の歓声が増した。
凄いのひと言である。
そこは、木々が紅葉しているというよりも、
眼下の、その一つ一つの山が、
まさにすっぽりと赤や黄色におおわれ、連なっていた。
幾重ものあざやかな彩りの山肌が、私の視界の全てになった。
前置きが長すぎた。
この峠道を超えたところに、北湯沢温泉郷がある。
大規模温泉ホテル2軒、そして温泉旅館・宿舎が数軒点在している。
紅葉狩りの終着は、日帰り入浴ができる、
ここの大型温泉ホテルへ立ち寄ることだった。
客室230室、最大収容人員1368名のホテルである。
日帰り客もさることながら、
その日も、山吹色の作務衣に着替えた宿泊客で賑わっていた。
いつものように家内とは、入浴時間の確認をして別れた。
脱衣室も広く、隅々まで見渡すのが難しいほどだった。
私が、脱衣を始めた時だった。
車イスが入ってきた。
山吹色の作務衣、眼光が鋭く丸刈り、大柄な方だった。
介助の方はなく、車イスをゆっくりと動かし、
私とは正反対の脱衣かごに向かった。
浴室に入ると、これまた広く、
温泉の温度ごとに、39度から42度まで、
大きな浴槽が、5つ、6つに分かれていた。
その他に、露天風呂に打たせ湯、サウナに水風呂等々。
私は、もっぱら低温半身浴派で、そこでの長湯が好きだった。
一度、体を洗って、再び低温浴へ。
その浴槽に、車いすで脱衣室に入ってきた方が来た。
彼は、杖をつき、両足には滑り止めなのだろうか、
真っ白で薄手の軽そうな、かかとにベルトのついた
サンダルをはいていた。
タオルを首にぶら下げ、浴槽の介助用パイプに杖を立てかけ、
そのパイプを手がかりにして、一歩一歩確かめるように湯船に入った。
全身を湯にうめても、パイプを片手でしっかりと握っていた。
左半身が不自由なのだろう。
左ひじは曲がったまま、歩行もなかなか難しいようで、
その動きはものすごくゆっくりだった。
しかし、見事なまでに屈強な体つきだ。
180センチはあるだろうと思った。
ゴマ塩のイガグリ頭などから、私と同世代だと思う。
背中の盛り上がった筋肉が、
厳しい仕事に従事してきたことを想像させた。
じっと湯につかっていた彼は、
おもむろに介助用のパイプをたよりに、立ち上がろうとした。
そして、それをあきらめた。
しばらくして、またその動作をした。
不思議に思い、私は彼の視線の先を見た。
一面ガラス張りのその先には、
紅葉した山の斜面が、西陽を受けていた。奇麗だった。
彼は、そのガラス窓まで近づきたかったのだと思った。
「ガラスのところまで、手を貸しましょうか。」
私は、近づいて声をかけた。
一瞬、私を見上げて、
「いやいい。ガマンする。」
力強く、しっかりとした口調だった。固い意志を感じた。
「そうですか。」
静かにその場を離れた。
「ありがとう。」
彼の声が届いた。
武骨な声だったが、湯煙の中をゆったりと流れていった。
その後、彼は首のタオルを、介助用パイプにかけ、
片手で上手にしぼり、顔の汗をぬぐった。
そして、これまた一歩一歩杖をつきながら、シャワーへ向かった。
彼の後ろ姿から、私は勝手に、
「こんな体になっても、まだまだ引き下がったりしない。」
そんなみなぎる強さを感じた。
そうだ、時間を忘れていた。
私は、急いで湯を上がり、汗をふきふき、脱衣室を出た。
日帰り客用の休憩室は、賑やかだった。
幸い家内は、まだいなかった。
私は、混雑をさけ、
宿泊客も利用するロビーの一角に腰をおろした。
若干離れた、はす向かいに、
作務衣がよく似合う、同世代と思われる女性がいた。
男子用の脱衣室の方に体を向け、イスに軽く腰かけていた。
時折、タオルで顔の汗をおさえながらも、
背筋をすっと伸ばしたその姿勢は、
他の湯あがり客とはちがって見えた。
しばらくして、再びその女性に目が行った。
その時、脱衣室から車イスが出てきた。
車イスは、その女性に近づいた。
女性は、立ち上がり、一言二言、言葉を交わしていた。
彼は、女性が抱えていた大きめの浴用手提げ袋を自分の膝にのせた。
女性は後ろにまわり、静かに車イスを押しながら、
ホテルの奥へと去って行った。
あの凛として見えた女性の姿が分かった。
あれは、不自由な体で、一人入浴する夫を案じていたのだ。
それを知っていたのだろう。
彼は、そのねぎらいとして、大きめの手提げ袋を膝に置いたのだ。
「ご主人、一人でしっかり入浴してましたよ。」
そんな言葉は、大きなお節介と気づいた。
やはり、北の大地には、デカい男がいる。
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掘り出したビート根の長い山 やがてダンプカーで製糖工場へ
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