『弧廻手形の歴史 その2』から大分時間が経ってしまいました。『その3』に入る前に、前回の疑問点、「電車レストラン」の位置について、もう少し掘り下げたいと思います。
1993年(平成5年)から始まったⅠ期のサービス券には、「お食事割引券」として「犬吠駅内チャイナムーン又は、電車レストラン「海鮮市場」のどちらかに限り一割引きいたします。」とありました。
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「電車レストラン」というと、次の絵はがきのような、駅舎に隣接した電車レストランを思い浮かべます。
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これはいつ頃の絵はがきなんでしょうか。駅舎入口の看板には「世紀越えカウントダウン あと216日」と書かれているように読めます。1999年、又は2000年の写真で間違いなさそうです。
次に、犬吠駅新駅舎建設当時の絵はがきです。犬吠駅舎に向かって右側には「電車レストラン」はありません。
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夜の犬吠駅の絵はがきです。
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駅舎の向かって右側は磁気自動車の車庫で、そこからくねくねと自動車用通路が延びています。この通路は今も残っています。
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(2019.10.5撮影)
次は第1回 平成9年度(1997年度)「関東の駅百選 認定記念」のテレホンカードです。
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電車レストランはありません。
これらから、1993年の弧廻手形発売時には、電車レストランは道路をはさんだ線路沿いにあったと考えて良さそうです。
犬吠駅新駅舎は1990年12月に竣工しました。当時の犬吠駅についても調べてみました。銚子市の地方紙『大衆日報』の記事です。
「銚子電鉄リフレッシュ計画の一環として、新犬吠駅新改装工事に着手。8月27日(月)午前11時から、同駅で上棟式を行う。」(1990.8.24)
そして、年末の記事には「29日に落成式 銚鉄犬吠駅リフレッシュ
・・・犬吠駅を斬新なアイデアで、新築中のところ、このほど完成したので、その落成披露を12月29日(土)正午から犬吠駅で開く。」(1990.12.21)
会場の案内図も載っています。
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犬吠駅の道路をはさんだ南側にも会場があります。これが電車レストランがあった場所だと思います。
残念ながら、12月29日以降の年内の新聞は残っていません。しかし、1月11日の記事に犬吠駅落成披露の記事が載っているので、これが紹介記事かも知れません。
タイトルを拾ってみると
「犬吠駅をポルトガル風に」、「〝銚子ユネスコ村〟構想」、「やるじゃないか!銚電恒産」とあります。少し長くなりますが、紹介記事の抜粋です。
「JR銚子駅を含めて〝銚子ユネスコ村〟構想として、十ある銚子電鉄の駅舎を十ケ国の異国情緒あふれる建造物に立て直し、銚子の観光のための一助としたい」とする(株)銚電恒産および銚子電鉄(株)両社では、それに先がけて12月29日(土)犬吠駅をポルトガル風に新築、落成オープンさせた。
地中海の別荘か、はたまた中世のお城を彷彿とさせる白亜のレストラン兼駅舎。その前面には1300㎡もの広さを持つ駅前広場。周りに植えられた椰子の木が南国ムードを盛り上げる。広場入口には、大きなパンジーの花時計。そして中央には犬吠埼を中心とした世界地図が描かれており、こうしたかくれたところにアイディアと銚子の観光にかける意気込みが満々と・・・。
改築前より30メートル延び、全長73.3メートルとなったホームは、白とブルーを基調とし、美しく清潔なイメージに生まれ変わった。
「二階はレストラン 本格的な中華料理楽しむ」
ユーラシア大陸の最西端ポルトガルのロカ岬と東端犬吠埼の関わりにちなみ、その名も〝ポルト犬吠〟。〝犬吠〟という駅名もローマ字でINUBOUと。
駅舎一階は、改札口、事務室の他にも水槽で泳ぐ生きのよい魚介類を買うこともできる鮮魚コーナー、グッズコーナー、バーカウンターを持つレストランコーナーがあり、二階はレストランで、約70名を収容できる宴会スペース、鮮魚をさばく板前さんの実演コーナーなど。
読みやすいように、適宜改行をいれました。紹介はまだまだ続きますが、落成祝典は29日から3日間にわたり盛大に行われました。
そして、「シンボルキャラクターのゴリラ〝アルカッポレ君〟の磁気自動車でのお目見え等観光客のみならず銚子市民をも夢中にさせる出し物が続々と登場し、華々しいスタートを切った。」とまとめられています。
このゴリラはアルカッポレ君と言うんですね。当時の絵はがきです。
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また、1月1日付けの大衆日報には「元旦は犬吠が楽しい」との記事があり、当時の年越えの様子を紹介しています。これもまた長くなりますが、少し引用します。
「元旦の朝は、銚子電鉄に乗って、犬吠の初日の出を拝もう。そして、ニューイヌボウ・ステーション・フェスタを楽しもう!」
「新装成った銚子電鉄犬吠駅では、12月31日の大晦日に、銚子電鉄を終夜運転し、記念キップを発売すると共に、年末年始にかけて、ニューイヌボウ・ステーション・フェスタを開催し、犬吠駅へ全員集合を呼びかけている。」
12月29日発売の記念キップです。
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「暮の12月29日~31日まで、“アルカッポレショー”や、“銚子はね太鼓”、“学生バンド”、“フラメンコショー”など、サウンドアンドダンスショーなどが行われ、元旦は、除夜の鐘が鳴り、'91新年おめでとうのあと、深夜0時15分から、お笑いステージ「蛇踊り初笑いショー」3時30分から、お笑いステージ「初笑いショー大道芸人大会」そして、朝6時に、千葉テレビの「吠えろ!初日の出サンライズ'91」が生中継され、7時から銚子はね太鼓、和太鼓の新春邦楽演奏会が行われる。」
「なお、第二会場では、お汁粉、たこ焼き、やきそばなど、おいしい模擬店が出店・・・」(1991.1.1)とあります。
すばらしい盛り上がりだったんですね。
現在の銚子電鉄の財政状況からすると、過大な投資に見えるかも知れません。新しく経営を担ったのが工務店であったことが関係していることは確かですが、もう一つの要因があったように思います。
1986年(昭和61年)1月1日オープンの「地球の丸く見える丘展望館」が、1991年(平成3年)5月5日で入館者100万人を達成しました。
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そして、同年1991年(平成3年)6月23日には「銚子ポートタワー、ウオッセ21」がオープンしています。
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銚子電鉄の積極的な投資は、この銚子市の観光の発展が大きな要因であったように思います。
今から振り返ってみると、1991年は銚子の観光が一番輝いた年だったのかも知れません。
1993年(平成5年)から始まったⅠ期のサービス券には、「お食事割引券」として「犬吠駅内チャイナムーン又は、電車レストラン「海鮮市場」のどちらかに限り一割引きいたします。」とありました。
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「電車レストラン」というと、次の絵はがきのような、駅舎に隣接した電車レストランを思い浮かべます。
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これはいつ頃の絵はがきなんでしょうか。駅舎入口の看板には「世紀越えカウントダウン あと216日」と書かれているように読めます。1999年、又は2000年の写真で間違いなさそうです。
次に、犬吠駅新駅舎建設当時の絵はがきです。犬吠駅舎に向かって右側には「電車レストラン」はありません。
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夜の犬吠駅の絵はがきです。
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駅舎の向かって右側は磁気自動車の車庫で、そこからくねくねと自動車用通路が延びています。この通路は今も残っています。
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(2019.10.5撮影)
次は第1回 平成9年度(1997年度)「関東の駅百選 認定記念」のテレホンカードです。
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電車レストランはありません。
これらから、1993年の弧廻手形発売時には、電車レストランは道路をはさんだ線路沿いにあったと考えて良さそうです。
犬吠駅新駅舎は1990年12月に竣工しました。当時の犬吠駅についても調べてみました。銚子市の地方紙『大衆日報』の記事です。
「銚子電鉄リフレッシュ計画の一環として、新犬吠駅新改装工事に着手。8月27日(月)午前11時から、同駅で上棟式を行う。」(1990.8.24)
そして、年末の記事には「29日に落成式 銚鉄犬吠駅リフレッシュ
・・・犬吠駅を斬新なアイデアで、新築中のところ、このほど完成したので、その落成披露を12月29日(土)正午から犬吠駅で開く。」(1990.12.21)
会場の案内図も載っています。
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犬吠駅の道路をはさんだ南側にも会場があります。これが電車レストランがあった場所だと思います。
残念ながら、12月29日以降の年内の新聞は残っていません。しかし、1月11日の記事に犬吠駅落成披露の記事が載っているので、これが紹介記事かも知れません。
タイトルを拾ってみると
「犬吠駅をポルトガル風に」、「〝銚子ユネスコ村〟構想」、「やるじゃないか!銚電恒産」とあります。少し長くなりますが、紹介記事の抜粋です。
「JR銚子駅を含めて〝銚子ユネスコ村〟構想として、十ある銚子電鉄の駅舎を十ケ国の異国情緒あふれる建造物に立て直し、銚子の観光のための一助としたい」とする(株)銚電恒産および銚子電鉄(株)両社では、それに先がけて12月29日(土)犬吠駅をポルトガル風に新築、落成オープンさせた。
地中海の別荘か、はたまた中世のお城を彷彿とさせる白亜のレストラン兼駅舎。その前面には1300㎡もの広さを持つ駅前広場。周りに植えられた椰子の木が南国ムードを盛り上げる。広場入口には、大きなパンジーの花時計。そして中央には犬吠埼を中心とした世界地図が描かれており、こうしたかくれたところにアイディアと銚子の観光にかける意気込みが満々と・・・。
改築前より30メートル延び、全長73.3メートルとなったホームは、白とブルーを基調とし、美しく清潔なイメージに生まれ変わった。
「二階はレストラン 本格的な中華料理楽しむ」
ユーラシア大陸の最西端ポルトガルのロカ岬と東端犬吠埼の関わりにちなみ、その名も〝ポルト犬吠〟。〝犬吠〟という駅名もローマ字でINUBOUと。
駅舎一階は、改札口、事務室の他にも水槽で泳ぐ生きのよい魚介類を買うこともできる鮮魚コーナー、グッズコーナー、バーカウンターを持つレストランコーナーがあり、二階はレストランで、約70名を収容できる宴会スペース、鮮魚をさばく板前さんの実演コーナーなど。
読みやすいように、適宜改行をいれました。紹介はまだまだ続きますが、落成祝典は29日から3日間にわたり盛大に行われました。
そして、「シンボルキャラクターのゴリラ〝アルカッポレ君〟の磁気自動車でのお目見え等観光客のみならず銚子市民をも夢中にさせる出し物が続々と登場し、華々しいスタートを切った。」とまとめられています。
このゴリラはアルカッポレ君と言うんですね。当時の絵はがきです。
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また、1月1日付けの大衆日報には「元旦は犬吠が楽しい」との記事があり、当時の年越えの様子を紹介しています。これもまた長くなりますが、少し引用します。
「元旦の朝は、銚子電鉄に乗って、犬吠の初日の出を拝もう。そして、ニューイヌボウ・ステーション・フェスタを楽しもう!」
「新装成った銚子電鉄犬吠駅では、12月31日の大晦日に、銚子電鉄を終夜運転し、記念キップを発売すると共に、年末年始にかけて、ニューイヌボウ・ステーション・フェスタを開催し、犬吠駅へ全員集合を呼びかけている。」
12月29日発売の記念キップです。
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「暮の12月29日~31日まで、“アルカッポレショー”や、“銚子はね太鼓”、“学生バンド”、“フラメンコショー”など、サウンドアンドダンスショーなどが行われ、元旦は、除夜の鐘が鳴り、'91新年おめでとうのあと、深夜0時15分から、お笑いステージ「蛇踊り初笑いショー」3時30分から、お笑いステージ「初笑いショー大道芸人大会」そして、朝6時に、千葉テレビの「吠えろ!初日の出サンライズ'91」が生中継され、7時から銚子はね太鼓、和太鼓の新春邦楽演奏会が行われる。」
「なお、第二会場では、お汁粉、たこ焼き、やきそばなど、おいしい模擬店が出店・・・」(1991.1.1)とあります。
すばらしい盛り上がりだったんですね。
現在の銚子電鉄の財政状況からすると、過大な投資に見えるかも知れません。新しく経営を担ったのが工務店であったことが関係していることは確かですが、もう一つの要因があったように思います。
1986年(昭和61年)1月1日オープンの「地球の丸く見える丘展望館」が、1991年(平成3年)5月5日で入館者100万人を達成しました。
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そして、同年1991年(平成3年)6月23日には「銚子ポートタワー、ウオッセ21」がオープンしています。
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銚子電鉄の積極的な投資は、この銚子市の観光の発展が大きな要因であったように思います。
今から振り返ってみると、1991年は銚子の観光が一番輝いた年だったのかも知れません。