15-2
「王様、この子を抱いてやってもらえないでしょうか。」
博士は唐突に話を変えて、北斗艦長を差し出しました。それに釣られたように王様は
北斗艦長の小さな体を抱き取りました。そしてそっと顔を近づけたのです。
「良い香りだ。北斗と申したの。」
「はい、」
「ハヴパブ」
バリオン王の腕の中で北斗艦長は右手をまっすぐ伸ばして自分の握りこぶしを見つめていました。
「まるで剣を持った勇者のようだの。」
王様は笑いながら言いました。
「その子が教えてくれたのです王様。ここには宇宙語がないと。」
「また奇妙なことを。先ほどから云っておるな、宇宙語とは何のことだ。」
「言葉が生まれる前の言葉なのです。その子はまだ言葉を知りません。ですが元気に生きております。ここ数日だけでも随分重くなりました。」
「一体何を言いたいのだ。」
王様は苛立って博士を見ました。けれども北斗が可愛い声を上げると、
その目は再び北斗に向けられました。その頬は誰が見ても緩んでいるように見えました。
「言葉は太陽のようなものです、王様。闇の中から必要な意味を照らし出して見せてくれます。けれどもその反面、光のために夜空の星は見えなくなってしまいます。しかし言葉の太陽がない北斗は、まだ夜空の姿がそのまま見えているのです。それが宇宙語なのです。」
「なるほど、言葉は太陽か。明るいと見えぬものもある。それは分かるが。」
王様は北斗の重さを腕に感じながら言いました。
「王様。北斗はその全身が宇宙語のかたまりなのです。どうか言葉でなく心で見てやって頂きたいのです。この子がなぜここに宇宙語がないというのか、王様に何か心当たりがございましたら、のぞみ赤ちゃんを助けられる原因も分かるのではないのかと、いちるの望みを持ってやってきたのです。」
「心当たりがあろうはずがなかろう。」
「・・・・」
「解決できぬ不安はあるがの。太陽の紋章を持つそなた達なら、この不安を晴らす力をもたらしてくれると思うておったが、お互いに求め合っていたとはの。」
「ㇵヴハヴうっきゃー、はふはふ」
北斗が王様の腕の中で手を振りました。その時右手が王様の髭をつかんだのです。
王様が思わずその手から髭を引き抜きました。すると北斗が王様の顔を見て笑い声をあげました。
何て屈託のない笑顔でしょうか。可愛い頬を上げ三角に口を開いた曇りのない笑顔に
癒されないものはいないでしょう。その笑顔を見た時、王様の心に或る一つの閃きが起こったのです。
「艦長が笑ったでヤすよ!」
もこりんのびっくりした声です。
「艦長がこんなに笑ったのは初めてだよ。そうだよね。」
ぴょんたはみんなの同意をもらって喜びを何倍にもしたいのでしょう。
「王様はすごいダすなぁ。艦長を笑わせたのダすからね。」
ぐうすかだけが王様を褒めました。
北斗艦長のまわりに集まってきたのは隊員たちばかりではありません。
王様の従者達も喜び顔で集まってきました。二度三度髭を引っ張られてもそのたびに
キャッキャと笑う子供の姿に王様はまんざらでもない顔をしています。
でも度々自慢の髭を引っ張られてはたまりませんので、王様は北斗を博士に渡して言いました。
「博士、我が宇宙に宇宙語がないという話、今意味が分かったぞ。」
「王様!」
博士の顔に火がともったように見えました。
「笑いだ。この笑いなのだ。」
王様は憑き物が落ちたような顔をして、博士の腕に抱かれた北斗を愛おしそうに眺めました。
王様は人の心を動かす呪術者でもありました。スケール号は真っ先にその洗礼を受けたのです。
心を見るものは、時としてたった一つの閃きから、ものごとの深い理解をつなげることが
あります。この時の王様はまさにそうでした。
それというのも、王様には心に引っかかって解決出来ない問題があったのです。
魔法使いの起こした反乱軍が瞬く間にストレンジ星を征服してしまったのです。
反乱軍とは、魔法をかけられた民なのです。その魔法がなぜ短時間にこれだけのことを
やってのけたのか、その力が分からないまま、ストレンジの王は敗走。その姫は捉えられて
どうなっているのか。敵の正体が分からず、このままぶつかれば同じ民同士が無駄に殺し合う
ことになるのです。しかし反乱軍は倒さなければならない。王様は目先の対応だけで
スケール号を襲った大船団を駆逐した事にも心を痛めているのです。しかし何もしなければ
この先同じことが何度も起こるでしょう。王様を悩ませていたものは魔法使いに対する
戦い方が分からない焦りと不安だったのです。
ところが、北斗の笑い声と笑顔に触れたとたん、その不安が氷解したのです。
魔法使いの魔術はストレンジの民から笑いを奪ったのだと思えたのです。王様は
ストレンジから笑いが消えたのは、侵略者の攻撃が原因だと思っていました。しかし、
まさにそれ自体が魔法使いの魔術だったのではないか。そう考えた時、この世界に
宇宙語がないという意味が全身にしみわたりました。北斗のこの笑いが宇宙語そのものだとしたら、
ストレンジ星に起こっている未曽有の危機は、笑いの宇宙語が魔法の力で消されている
そのことが発端だと考えられるのです。笑いを奪われた民は、希望を失い喜びを忘れてしまう。
先の見えない不安と猜疑心に見舞われ、自分の生活が地獄のように思えてくる。
そして簡単に反乱に誘われる。そうであるなら、反乱軍の武力にだけ目を奪われていては
影を相手に戦うことになる。調べてみる価値が十分にあると王様は考えたのです。
太陽族の使いがもたらしたものは、まさに王の欲するものだったのです。
そしてそれは同時に、スケール号の求める原因に他ならなかったのです。その後王様と博士の
会談が共通の敵チュウスケという魔法使いにたどり着いたのは言うまでもありません。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます