のしてんてんハッピーアート

複雑な心模様も
静かに安らいで眺めてみれば
シンプルなエネルギーの流れだと分かる

居酒屋 11

2009-06-30 | 小説 忍路(おしょろ)
 私はなんとか里依子を取り返そうと試みた。  男の話の節々に私の理解出来るところがあるとすかさず話しを割り込ませて、会話を私の方に持ってゆこうとした。  するとそれは男の一言でかわされてしまい、話の流れは変わらなかった。私の挑戦はまるで太刀筋を見切られた二流剣士のようにオロオロと剣を振り回すばかりなのだ。  あるいは強引に、二人にしか分からない会話に里依子を誘うと、その間合いに男の声が巧妙に入り . . . 本文を読む
コメント

居酒屋 10

2009-06-29 | 小説 忍路(おしょろ)
   私の想いなど誰にも見えるはずはない。男の話は延々と続き、いつ果てるとも知れなかった。それに応ずる里依子のにこやかな態度は、自分でも言っていたように、おそらく職場で培われた笑顔であるに違いなかった。  そう思うと、その一方で、それでは私に見せる笑顔もまたそうしたものだろうかという考えが生まれてきた。  里依子の私に対する態度もまた、彼女の本心からのものではなかったとしたら・・・こうした考えが不 . . . 本文を読む
コメント

居酒屋 9

2009-06-28 | 小説 忍路(おしょろ)
なんとなく話が一区切りとなってしまった頃であった。  それまでは気付きもしなかったのだが、私達の話を聞いていたのだろう里依子の隣に座っていた男がいきなり会話に割り込んできた。そして彼女の職場の仕事についての話を始めた。  里依子は嫌がりもせず、笑顔でそれに応えた。それは私には分からない話だったが、里依子の態度に引きずられて少しは私も愛想笑いをしたに違いない。  男は里依子の仕事と同じ関係者ら . . . 本文を読む
コメント

居酒屋 8

2009-06-27 | 小説 忍路(おしょろ)
「こんな事を考えるには手紙を書くときだけです。」    普段は何も考えないで過ぎてゆくというのであった。里依子からやってきた何通もの手紙には、よく彼女の日常のこまごましたことが書かれており、私はそこから里依子の人となりを感じ、その温かさと明瞭さに強く心惹かれていた。そこにははつらつとした透明感があったが、その間合いに深刻な人生への思いを綴りそして迷うのだ。  そして私もまた同じ波長を里依子に . . . 本文を読む
コメント

居酒屋 7

2009-06-26 | 小説 忍路(おしょろ)
 里依子はもっと気安く自分の悩みと付き合っていくべきだと私は思った。けれどもそのことをどう伝えていいかわからず、くるくると頭の中で言葉を探しては貧相な自分の人生しか見えてこないことに苛立ちを覚えるのだった。    人は生きていること自体が素晴らしいのであって、悩みはその喜びを知らしめるためにある。  どこで聞いたのかも分からない受け売りの言葉を繰り返すしかない私は馬鹿だとも思った。そんな言葉は . . . 本文を読む
コメント

居酒屋 6

2009-06-25 | 小説 忍路(おしょろ)
里依子の細い食を気にしながら、出された料理は残らず食べてしまうのが常である私もまた皿の上に大半を残していた。  「もしかしたら会って頂けないのかも知れないと思っていました。」  堪えきれずに、私はここに来ようと心に決めて以来ずっと持ち続けてきた不安を打ち明けた。  「いやだったら会っていませんでした。」  小さな声で俯いたまま里依子は答えた。その声は辺りの騒音に消されてしまって . . . 本文を読む
コメント

居酒屋 5

2009-06-24 | 小説 忍路(おしょろ)
カウンターに座ると、里依子は手際よく酒と肴を注文した。目の前にあるショーケースを覗いては、細い指先で積み上げられた魚を示してその名前を私に教えた。  ほとんどが私の知らないもので、ここでしか食べられませんからと、笑いながら里依子はそれらを注文するのだった。    酒が入ると私達は話に夢中になった。職場のことや家族のことなど、ありふれた会話が途切れなかった。しかし徐々にではあったが、私の心に焦 . . . 本文を読む
コメント

居酒屋 4

2009-06-23 | 小説 忍路(おしょろ)
 なんだかつい数時間前に脈絡なくこの地の神社の白々しさについて考えていたことが嘘のようで、ここにでは心の居場所を与えてくれるむき出しの生活のようなものが伝わってきて、ふっと和むものがあった。  それはそばに里依子がいるという事と多分に関係があったけれども、しかし私は真っ先に、大阪ではこんな店は出来ませんよとその印象を伝えた。それは里依子に言ったのか自分に言ったのかはっきりしなかった。そう言えるほ . . . 本文を読む
コメント

居酒屋 3

2009-06-22 | 小説 忍路(おしょろ)
入り口に立って見回すと、その奥まったカウンターに座っている客の顔が正面から見えた。カウンターに囲まれた厨房では、ひょうきんで律儀そうな板前が忙しそうに立ち回っていた。  私達が入っていくと、彼は喉もとまである黒い前掛けにあごを深く埋めて馬鈴薯の皮むきを始めるところだった。まるで前掛けの上に鉢巻をした丸い頭を乗せたような格好でその胸元で機用に包丁を使いながら、その板前は利依子に話しかけた。 そ . . . 本文を読む
コメント

居酒屋 2

2009-06-21 | 小説 忍路(おしょろ)
 私は満身に笑みをたたえて手を上げて里依子を見、里依子は身を引き締めてお辞儀をして遅れた詫びを口にするとすぐに笑顔になった。    「出ましょうか」  「ええ、いい所があるんです」  私達は肩を並べてロビーを出た。外は微かに雨が降っていた。里依子がこちらにといって私の横で手を伸ばして、その先にあるタクシーを示した。里依子が職場から乗ってきたタクシーをそのまま待たせていたのだろう、乗り込んだタク . . . 本文を読む
コメント