セリナの物語(短編小説)がやっと終わりました。
地下道に靴が捨てられていたのを見てふくらんだイメージを書き始めたのが8月でした。
1~2週間で終わるつもりが、毎日少しずつ書きついでとうとう今日になってしましました。(とにかくほっとしてます)
何か心に生まれると吐き出さずにはおれない、ものづくりの習性にお付き合いいただきありがとうございました。
明日からいつものバージョンに戻ります^^;
なおこ . . . 本文を読む
時には喧嘩もしながら、私達の生活は幸せなものだったと思う。
これから先のことはだれにも分からないが、一つだけ確かなことが私にはある。
それは私達に子供が生まれたということだ。女の子だった。
そしてそのことが、平穏で幸せな生活に唯一の険悪な事態を引き起こしたのだった。
すべての原因は私にあるのだが、子供にセリナと名づけた私に対して、まだ前妻に未練があるのかというA子の悲しげな非難からそれは始まった . . . 本文を読む
その夜、私はホテルの部屋で正式に結婚を申し出た。
A子はいいんですかと問うたが、私の目を見てすぐにありがとうございますと応えた。
ほんのり頬を赤らめていたが、それは夕食のお酒のせいばかりとは言えなかっただろう。
遊びつかれた弘樹は食事中からこっくりし始め、布団に寝かしつけてから久しい。
私達は互いに引き合うように寄り添い、A子の肩に手を回した。そのときだった。
「あれ、弘樹!」
A子が素っ頓狂な . . . 本文を読む
A子と私は弘樹を伴なって、始めての旅行に出かけた。
海の見える景勝地を一泊の旅だったが、湾内をめぐる遊覧船と海底が見えるグラスボートを乗り継ぎ、弘樹は一日中興奮気味だった。
ホテルまでの2キロ足らずの道程を疲れ果てたのか、まだ?まだ?を繰り返した。
「よし、弘樹こい」
そう言って私は弘樹を自分の前で後ろ向きにし、持ち上げて肩に乗せた。
予想以上の重さに一歩踏み出す足をよろけさせたが、何とか格好は . . . 本文を読む
次の日会社に向うため地下道を通りかかったときだった。
何気なく国道の交差点を見渡したその視線に、市の清掃車の姿が映った。
それは一瞬で視界から消えたが、私は何が起こったのかすぐに了解した。
その直感にたがわず、通り抜けた地下道はきれいに清められて靴は跡形もなかった。
「ウオーッ」
私は人目もはばからず、こぶしを虚空に突き上げて叫んだ。
間違いなくあれは芹里奈だった。私のためにあの靴はあったのだ。 . . . 本文を読む
芹里奈・・・それを言うために私のところに来てくれたのか。
私がお前に言った何倍もの優しさで、いや恨みを持たぬ慈しみの声でこの私を救ってくれるというのか・・・
私は思わず芹里奈の靴を引き寄せ胸に抱きしめた。
ジワリと胸に湿り気が伝わってきた。
「芹里奈、お前は今幸せなのか」
私は確かにこのとき、自らの肉声を発していた。
その声が地下道に反響して、私は我に返ったのだ。
芹里奈の声はもう返ってこなかっ . . . 本文を読む
「あなたが一番幸せになるところに行きなさい」
私はその言葉に少なからぬ衝撃を受けた。かつて私はこんなに優しく芹里奈に同じ言葉を投げかけはしなかった。地下水にぬれそぼる靴を目で追っていた。質素なデザインだが、つま先の花柄をカルメンの薔薇だと芹里奈は言った。私は彼女をカルメンのように好きなところに行かせたのだろうか・・・
「あなたが一番幸せになるところに行きなさい」
再び芹里奈は続けた。
私は . . . 本文を読む
「今度彼に誘われたの、どうしたらいい?」
それは芹里奈の辛そうな声だった。
二人の人生を分けてしまった、忘れようにも忘れられない言葉が悲哀をしみこませて私の中に棲みついている。
「今度彼に誘われたの、どうしたらいい?」
再び芹里奈の声が聞こえた。
行くな!行くなら俺を殺してから行け!私はそう言いたかった。
私を野の花のように愛しているのねと芹里奈は私をなじったが、私の欲望はその花を根こそぎ引き . . . 本文を読む
私の妄想なのかも知れなかった。しかし目の前の靴が踊りだすのを見て、私は不思議にもそれを当然のように受け止めた。
その靴の上にありありと芹里奈の姿を見ることが出来た。
そして、カモメのポーズをとった芹里奈が、あの時のように私に笑いかけたのだ。
「許してくれるのか・・芹里奈・・」
私は大きく両手を広げて芹里奈に向って胸を開けた。
熱い波動が体を貫いた。
心が溶鉱炉の鉄のように溶け出し、下方に流れ始 . . . 本文を読む
「すまなかった、許してくれ芹里奈」
予想もしなかった自分自身の言葉だったが、それと同時に私はその言葉の意味をも一瞬の内に理解していた。
10年前からその思考は私の中にありながら、今この時に初めて気付いたかのようだった。
私は芹里奈を恨んでいたのだ。
芹里奈が幸せになることだけを願ってきたとも言える私のこれまでの生は、自分を犠牲にすることで彼女を苦しめようとする、芹里奈への呪詛だったのだ。
そう気 . . . 本文を読む