朝が随分早くなってきた。
濱から帰ってくる道は紀伊の山に続く。
その山並みに神様のようなオレンジの光の玉が昇ってくる。
もうすぐ桜も咲き始めるだろう。
草引きも
もう寒い時期を通りこしたのだ。
3月は母の3回忌にあたる。
花が咲く。
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今日から香港アートフェアが始まる。
ここから西の方角だろう。そちらを向いて手を合わせる。
マーブルビーチはほとんど草を引き終えた。
一人でやろうと決心したときから、ほぼ1年でそれを実現できた。
一抱えもあるススキのかぶとのと取っ組み合い、2月はかかったハマヒルガオの群生。
そして今、遠目に草一本もない。
時をあわせるように、濱の整備工事が始まった。
波にえぐられたマーブルのなぎさを機 . . . 本文を読む
体も精神も衰えを感じる。
いつの間にか、老いを内側から眺める年齢になってきた。
衰えに苦悩する時代も通ってきた。
その苦悩から目をそらさず、まっすぐ見つめてきた。それだけが自分をほめてやりたいところだ。
自分の中に訪れる苦悩を車窓の風景のように見つめているとやがてわかってくる。
苦悩の風景がどこにつながっているのかということだ。
苦悩は真実を指し示す道路標識、
そして私と言う人生が突 . . . 本文を読む
私は神だという
だがどうか、それを尊大とか放漫という言葉につなげないで、
あるがままに、受け止めてほしい
それは幸せの真ん中にある真実そのものだから
言葉を飾ることはできないのです。
尊大な人はここにはやってこない
そしてまた、これを書いている「私」もまた、尊大な人を哀れに思う一人だ。
神から一番遠い人々、
悲しむべきは、そんな人々が社会を動かしているという事実だ。 . . . 本文を読む
絵を描きながら流れてきたラジオ
俳人の女性が震災と人を語っている。
震災からいくらも経たないある日、被災地からメールが届いたのだという
「星がとてもきれいです。」
その人の見た星空は、地上の光が奪われたしるし、
そこで俳人はこう語っていた。
日本人は、どんなに自然にたたかれても、それでも自然とともにあるという思想を持っている。
震災の苦境にあっても、自然の美しさに心を . . . 本文を読む
私は師に恵まれた人間だとつくづく思う。
その思いは感謝に包まれている。
時の流れは瞬きをする間も休まないが、私には一つの過去が今も手に触れるほど、間近にある。
それが恩師だ。
中学卒業の日、担任が人の流れからそれるように、二階の理科室に続く階段に私を誘った。その階段の中ほどで先生が立ち止まると、私たちはステップの上で向かい合う格好になった。
先生が手を差し延べた。自然に応じた私の手が大き . . . 本文を読む
泉南マーブルビーチ、濱の名前を示す看板が最近立てられた。
ほぼ南北に伸びる1.5Kのマーブルを敷つめた浜辺だ。
中ほどに2つの突堤があって、マーブルビーチを3つに区切るメモリになっている。
500mごとに突堤があることになる。
そこで奇跡が起きた。
草引きをい段落して、元旦から、ビーチに打ち寄せられた流木を拾い集める作業を始めていた。南端から始めて毎朝作業を続けた。北端にあと200mほど . . . 本文を読む
幸せの頂点をつなげていくと、その頂点は完全な球体になる
どの一瞬を取ってみても、そこが幸せの頂点だとしたら、どこにもへこむところがないのだから当然のことだ。
幸せを求めて上っていくのが人間の姿だとしたら、完全な球体は神の姿だともいえる。
その違いはただひとつ、この瞬間を幸せと気づくか否かによる。
どんな苦悩の中にあっても、
その瞬間の中にも必ず幸せはある。
見つけようと思う心、それがあ . . . 本文を読む
体罰問題が連日、狂ったように報道されている。
ある学校の運動部で、危険行為をした女子部員に平手打ちした顧問が謝罪した・・・・
ついにこんなニュースまで新聞に踊り始めた。
体罰に時効はないという、感情的な指導者の発言、それを鵜呑みにするマスコミ。
平手打ち、それがよいのか悪いのか、心ないまま議論をすれば悪いに決まっている。
マスコミは愛を伝えよ!
危険行為を諭す顧問に愛はなかったのか、報 . . . 本文を読む