私は立ち止まり、彼女が入っていった店を見渡した。
通りに面して飴色の木の扉。やはり飴色がかったガラスがはまった窓が、通りに面してある。窓枠は今どき珍しい木製だ。窓のはめられたガラスも古い時代のものなのか、それともレトロ調に加工したものなのか、光の屈折具合が少しゆがんでいる。が、逆にそれがあたたかみのある感じで悪くない。
そのレトロな窓の下、イーゼルへ横長にキャンバスが立てかけられ、『welcome! 喫茶・のしてんてん』と墨汁と筆で書かれてあった。達筆とは言えないし、『喫茶』の部分が大きく『のしてんてん』の部分が窮屈そうで、お世辞にもバランスがいいとは言えなかったが、言うに言えぬ味のある字だった。
『のしてんてん』という言葉の意味はわからないが、それも含めてなんだか可愛らしい看板だなと私は思った。
(でもこれ……看板、でいいんだよね?)
ふと思う。
どう言うのだろう?たたずまいが素人くさいと言うのか、学園祭の模擬店みたいと言うのか。本気で商売しているのだろうかと、こちらの方が心配になる。『welcome!』だし『喫茶』なのだから、商売しているのには違いなかろうが。
「……あのう」
カラコロ鳴る音と共に声をかけられ、私は少なからずぎょっとした。
帽子とジャケットを脱いださっきの彼女の顔がドアから出ていた。ジャケットの下はもこもこした感じのセーターだった。
「あの。おせっかいと言いますか大きなお世話と言いますか、なんですけど。雨……結構降ってきましたよ?」
お急ぎでないんなら、入って雨宿りなさったら?彼女は言う。言われてハッと気付くと、霰はいつの間にか霙まじりの小雨になっていて、髪とダウンコートが少し湿っていた。
「あ、はあ……です、ね」
曖昧に返事をし、私は一瞬考える。
どのみち雨具は持っていない。どこかで雨をやり過ごすしかないだろう。これでいよいよ洗濯物は諦めなくてはなるまいが、今更じたばたしても仕方がなかろう。私は彼女へ、笑みを作ってちょっとうなずき、思い切って『のしてんてん』なる喫茶店へ入った。
店内は意外と明るかった。
入り口を入ってすぐ正面に、上の方がステンドグラス風になっている大きな出窓があり、それが明かり取りになっている。そばにはレジスター。
入って左手奥側に年季の入った渋い雰囲気のカウンター、手前寄りの通りに面した窓側に、磨かれた琥珀を思わせる木の椅子とテーブルの席。いっそ借り物めいているほど、古い時代の喫茶店の趣きだ。私の世代だとこんなのは、映像でしか見たことがない。
いらっしゃいませ、と言うやや高めの穏やかな声は、カウンターの向こうにいる細身で華奢な男性だった。
目許に柔らかな皺があり、鼻の下に白い物の多い髭をたくわえているから、それ相応の年配なのだろう。
赤いバンダナで頭を覆い、厚手の生地の黒いエプロンをきちんと身に着けている。なんとなく喫茶店のマスターというよりも、ラーメン屋の親父さんという感じがしなくもない。接客はあまり上手くない、ラーメン一筋の職人みたいな親父さん、という感じだ。
私は曖昧に笑ってマスターのいらっしゃいませに答え、軽く目をそらせて入り口近くのテーブル席に着く。水とおしぼりを銀色のお盆に乗せ、マスターがこちらへ来た。
「どうぞ」
まず最初に差し出されたのが安物くさい白いタオルだったので、面食らった。紺で自治会の名称が印字されているから、地区の行事でのもらい物なのだろう。
「急な雨で濡れたでしょう。良かったら使ってください」
「あ、ありがとうございます」
口ごもるようにお礼を言って受け取り、髪とコートを軽く拭いた。
「メニューはそちらに……」
言いかけるマスターへ
「ああ。コーヒーをお願いします」
と、私は注文した。マスターは柔らかく笑む。
「うちではコーヒーは、ブレンド、アメリカン、エスプレッソ、今月のおすすめなんかを用意しておりますけど、どれになさいますか?」
「では、ブレンドを」
注文しながら私は、コーヒーおたくのおじさんが定年後に始めた、半分趣味の喫茶店なのかなと思った。
当たらずとも遠からず、かもしれない。
カウンターの向こうで、マスターはコーヒーを淹れ始めた。
慎重で丁寧な手つきだ、いい意味でも悪い意味でも。意地悪く言うのならややもたついた印象を受ける。職業的な洗練、もしくは悪慣れしたやっつけ感が、作業のひとつひとつにない。
「マスター、お昼はもう済みましたか?」
カウンター席に座り、グラスの水に口をつけて彼女はそうきいた。私は、脱いだコートについた雨水を借りたタオルではたくようにしてぬぐいながら、聞くともなくカウンターでの話を聞いていた。コートの表地は撥水加工がなされているので、幸いそれほど濡れてはいなかった。
「いや……」
半分上の空の調子でマスターは答える。彼女はあきれたように眉をしかめ、ため息まじりにこう続けた。
「もしかしてまた、面倒がってちゃんとしたごはん、食べてないんですか?」
「別にそういうつもりでもないんだけどね、自分の為だけに作るってのが、ちょっとナンなだけで。食パンの耳ってのも結構うまいもんだよ、意外と飽きないし」
お茶でも点てているような神妙な顔で湯を注ぎながら、マスターは答えた。どうやら彼は普段、まかない代わりに食パンの耳をかじって飢えをごまかしているらしい。
彼女は、しょうがないわねと言いたげに薄く苦笑いをし、言った。
「なんなら私、まかない作りますよ。どうです?」
「そりゃ有り難いな」
ようやく顔を上げ、マスターは笑う。
「レイちゃんも食べていきなさい、労働奉仕の報酬だ。チャチャっと作れて、あっさりしてて、それなりに腹持ちするものを頼むよ」
「マスター……難しいこと言いますね。わがままなんだから」
文句を言いつつも、『レイちゃん』と呼ばれた彼女はなんとなく嬉しそうだ。腕まくりでもしそうな感じで、ちょっと失礼、と断ると、勝手知った感じでカウンターをくぐる。
「あるもの見させていただきますよ。うー、まあ予想通りのものしかないか……」
しゃがんで、カウンターの下にあるらしい冷蔵庫やストッカーを開け閉めしている気配がする。
「あれ?この葱どうしたんですか、珍しい」
「ああ。それは今朝方ジンさんがコーヒーを飲むついでに持ってきてくれたんだよ。家庭菜園でたくさん採れたんだそうだ」
「いいですねえ。めちゃくちゃ美味しそう。よし、これを生かして……」
方針が決まったらしい。
(つづく)
第2弾は、皆様にどのような夢を与えてくれるのでしょう^か^
空想の、のしてんてん喫茶室から、さらにその上にある空想を描きだすという、かわかみれいの文芸をお楽しみ下さい。
感想、ご意見、質問等等、かわかみれいを育ててやろうという観点から遠慮なくお願いしま^す^
けれど、褒め過ぎ、褒め殺しはダメよ。
舞い上がって、降りてきませんから。
(何?・・・聞こえないんだけど)
お越しをお待ちしております🙇。
自分は ア
アメリカン お願いします
マスターが偉大な芸術家に似てて
少し緊張してしまいます。
延岡の山歩人Kさま。
はじめまして、こちらの雇われママ・かわかみれいことむっちゃんでございます。
よろしくお見知りおき下さいませ。
かしこまりました、アメリカンでございますね。
モーニングサービスとしてトーストとゆで玉子、もしくはサンドイッチなどご用意出来ますが?
ええ、ウチのマスターは偉大なる北○和画伯に似てらっしゃるでしょう?
よく言われます。
生き別れの双子の兄弟ではないかという噂も漏れ聞きますが、他人の空似のようですね(笑)。
あら、おしゃべりが過ぎました。
どうぞごゆっくり。
清々しい朝ですね。
おはようございます( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆
作かわかみ れい
『喫茶・のしてんてんへようこそ』
素敵ですね☆
気兼ねなく、ぐったりしていても、
もろぐったりくつろげそう
常連決定!ケッタイナヤツかもしれませんが、
モーニングサービスも美味しそう♪
サンドイッチでお願いします。
いそいでいませんのでね
ごゆっくり^^
今後ともどうぞご贔屓に❤
よろしくご指導・ご鞭撻をお願い致します。
サンドイッチですね、かしこまりました。うーん、ランチの時間帯になってしまいましたか?
あ、ウチは名古屋の喫茶店方式、営業時間中はずっと『モーニングサービス』です(笑)。
コーヒーはブレンドでしょうか?
悩まれるお客様にはブレンドをおすすめしております。
店主こだわりの逸品でございますので☺。
看板、お気に召していただけたでしょうか?
あちらも店主こだわりの逸品なのです(笑)。
どうぞごゆっくり。
ご指導・ご鞭撻だなんて、
そんなにことできませんよ
いたって不器用トンチンカンですのに(=^ェ^=);;
すべてむっちゃんママさまに、
おまかせいたします♪
それにしましても、
営業時間中はずっと
『モーニングサービス』だなんて、
関西ではかなり目立ちまっせ@@!なんて太っ腹!(勿論身体的な太っ腹ではありませんよ^^;;)
お客様わんさか来はることになり、
あんまりいそがしくなりましてもね。
『喫茶・のしてんてんへようこそ』のペースで
むっちゃんママさまの楽しめるペースで、
こちらこそ今後ともどうぞ
よろしくお願いいたします❤️
それにしましても2
むっちゃんママさま、
お昼下がりモーニングサービス
サンドイッチも、ご店主こだわりの逸品ブレンドコーヒーもとても美味しいです☆
ゆっくりさせていただきますね。
でもかなりゆっくりしていますよね。
私のゆっくりは一体
どこまでゆっくりなのでしょう!はて?
真鹿子さまのおっしゃる通り、がむしゃらに飛ばし過ぎるのもよくありませんかも?
塩梅がまだつかめません(苦笑)。
いずれに致しましても『喫茶・のしてんてん』は、空想の喫茶室(コメント欄)から生まれました摩訶不思議空間(アラアラ、真鹿子さまの真似?)✨。
皆さま方にくつろいで楽しんでいただけるのでしたら、太っ腹だろうがナンだろうが……え?
マスターが電卓片手に青ざめております(苦笑)。
ハイハイ、経営の事も考えなければママ失格。
精進致します☺。
文中のマスターと、のしてんてんさまとイメージがよく似てる気がしますね ♪
のしてんてんさまとはお会いしたことは無いのですが。
喫茶店の中の、色々なモノが置いてあってせせこましいようなアットホームな雰囲気が、文中から想像できます。
むっちゃんマスター、今日はミルクティーを頂けますか?
ミルクティーでございますね、かしこまりました☺。
いつもお越しいただき、ありがとうございます。
実はお店に出せるか研究中の焼き菓子が今しがた、焼けたところです。
ミルクティーに合うマドレーヌなんです。
よろしければ試食していただけませんか?
マスター、のしてんてんマスターこと北○画伯に似てらっしゃるでしょう?(笑)。
今後も大活躍なさいますよ🍀
ではごゆっくり。