1コーラスを『ららら』で歌った後、彼は一瞬、何故か黙った。軽く咳払いをし、妙に楽しそうににやっとした。
息を深く吸い、再び彼は朗々と歌う。
「うらのはたけで ぽちが なくぅぅぅう」
は?
哀愁のメロディー。しかしそれにそぐわない歌詞。頭が混乱する。
「しょうじきじいさん ほったならぁぁあ」
眉根を寄せ、ごくごく真面目にロマンスグレーの伊達男は歌う。
「おおばんんー こばんがぁぁ
ざああっくう ざああっくう ざっくう」
メロディーは『ゴッドファーザー・愛のテーマ』だ。だがしかしこの歌詞。この、無駄にいい声でビブラート利かせて歌われる、この歌詞は。
『花咲かじいさん』では?
「いじわるじいさん ぽち かりてぇぇえ
うらのはたけを ほったならぁぁあ……」
まだやるか、おい。
今回ばかりは僕だけでなく、店中の紳士淑女もしばらく硬直していた。やがて失笑まじりの笑い声がそこここから漏れ始め、そのうち大爆笑になった。
「バロンさん、バロンさん!」
笑いすぎて軽く咳き込んだ後、マスターは声をあげる。
「なんですかそれ。替え歌で有名な某氏の真似なんですか?かの御仁に叱られますよ」
「何をおっしゃる、マスター」
口髭をひねりながらバロン氏は落ち着き払って応える。
「かの御仁が吾輩の真似をなさっているのですよ」
「バロンさんが『吾輩』という時は嘘をついている時でしょう?みんな知ってますよ」
オカリナ奏者の彼に苦笑まじりにそう言われても、バロン氏は動じない。
「嘘とほらは吾輩の身上。吾輩がしかつめらしく本当のことばかり言い始めたら、その時はお迎えが近いと思って下さい、皆さん」
すまし顔でそんなことを言う彼へ、惜しみのない拍手がおくられる。
僕もつられ、笑いながら拍手する。
気障でダンディーを身上としているやや鬱陶しいおじさんかと思っていたが、なかなかどうして。三枚目的なお茶目さんでもあるらしい。
拍手の終わり頃、急にふっと胸がふさいだ。
さっき見上げた眩しい青空を、何故か僕は思い出した。
どこまでも明るく、すがすがしい季節。
そして僕には関係ない。
半ば無意識でグラスを持ち上げ、溶けた氷がほとんどの、気の抜けたソーダの残りをすすり上げる。
かすかに苦かった。
次の演目が始まる前に、僕は席を立つつもりだった。
しかし、さっきのオカリナ奏者(ジンさんというらしい)が『舞台』の方へ出て行ったので座り直した。
彼の演奏が聴けるのなら、もうちょっといてもいいかなと思ったのだ。
余っている椅子のひとつが舞台へ運ばれた。
四つ切り画用紙ほどの厚紙を複数枚持って、さっきのおばさんウエイトレスが出てきた。
椅子の上へ厚紙の束をそっと置くと、彼女はピアノの前の丸椅子に座ったジンさんと何やら打ち合わせっぽい感じで話をし始めた。
暇なので、手元のチラシ(プログラムというべきだろうか)へもう一度、ざっと目を通した。順番でいうのなら次は『④ レイちゃんのオリジナル紙芝居』になるのだろう。
(レイちゃんて……アレ?)
僕は、丸っこい体格のコスプレ風ウエイトレスを盗み見る。僕の母親とは言わないが、末の叔母さんと言えるくらいの世代の女性だ。ちゃん付けはないだろうと思ったが、周りを見て納得した。彼等から見れば確かに、ちゃん付けしたくなるくらい若いだろう、彼女は。僕などおそらく、小学生並みのガキに見えているに違いない。
「どうぞ」
いつの間にかこちらへ近付いていた、白髪を柔らかく結い上げた小柄な老婦人が僕へ、小さな藤のバスケットを差し出した。
キャンディやチョコレートらしい、色とりどりの包み紙があった。
ぼんやり見返す僕へ、彼女はほほ笑む。笑うと口許に細かい皺が寄るが、色白で小作りの顔立ちには品があり、若い頃はさぞ儚げな美人だったろうなと思わせる人だった。
「甘いものはお嫌いですか?」
年配者によくある色素の薄くなった瞳で、じっと僕を見て彼女は言う。
「あ、いえ。そんなことないです、いただきます」
断ると、よよと泣き崩れるのではと思わせる風情だったので、あわてて僕はそう答えた。
が、お菓子を勧められるなんてやっぱりかなりガキだと思われているのだな、と、内心苦笑いしたくなった。
軽く頭を下げて適当につまみ上げ、そのうちのひとつの包み紙をむいて食べる。甘すぎないタイプのキャラメルで、結構美味しい。
「お待たせしました。それでは始めさせていただきます」
やや緊張した声。『レイちゃん』だ。
彼女は厚紙の束を抱え、『舞台』に設えられた椅子の前に立っていた。しゃんと背筋が伸び、舞台女優のように堂々としていてちょっと意外な気がした。
「私はここしばらく、マスターこと画伯に絵を習っております」
(へええ。ここのマスター、絵を描くんだ)
ピアノだの絵だの多才な人だなと思ったが、まあ、玄人裸足の素人アーティストなど世の中には掃いて捨てるほどいるものだ。趣味レベルの達人になら、ちょっと気の利いた者ならすぐなれる。オカリナのジンさんレベルでも、プロでやっていけるかは微妙だろう。
「お見せできるレベルかはわかりませんが、自作の童話に絵をつけるくらいは楽しみながら出来るようになりました。お目汚しですが、楽しんでいただけましたら幸いです」
そう挨拶し、彼女は頭を下げる。拍手。
顔を上げてひとつ大きく息をつき、彼女は静かに座った。膝の上に厚紙を立てかける。
オカリナがかすかに流れ始めた。
「こがらしのほこり」
やや低めの、よく通る声だった。多少は訓練しただろうと思われる活舌の発音で、聞き苦しくはなかった。
(つづく) 次を読む
楽しみで^す^
今日は私、アトリエに完璧にこもりますからむっちゃん、あとはよろしくお楽しみ下さい。
新メニューも開発しといてね。
こんな感じのこんな孤高な、なりきり爺さん・・好きだなぁ・・
自分と同じ温度を感じます。
( でも私、youtube 川柳はヤですよ ♪ )
メロディが「 ゴッドファーザー・愛のテーマ 」
歌詞が「 花咲かじいさん 」
これ、すぐ分かる人多いですね ♪
頭の中でララララ・ラララってイメージが踊る。
ここは、文豪むっちゃんを褒めるべきでしょうね ♪
いつもありがとうございます☺。
ぶ、文豪?と一瞬、目をむきました(笑)。
んもう、ドンちゃまったら❤️
『一閃一刀』の喫茶室?のノリで返してみました☺️。
え?違う?
バロン氏、私もお気に入りキャラです。
ややクサみはなきにしもあらずですけど、お茶目ですよね~。
今後もよろしくお願いいたします☺。
ココア、持って参りましょうか?
こう、ダンディで茶目っ気があるキャラは本当に”面白いし、器の大きさを感じられて…素直に楽しい!”お気に入りに納得です。
(横道ですが、アプリゲームではなかなかいない。キャラ年齢が低いので。)
そしてこの替え歌が有名な事をついさっき調べて知った人、一名。(調べたらかなり出てきてびっくり!)
次回はついにレイちゃん様の紙芝居、楽しみに待たせていただきます!(あ、のんびり見たいのでココアを一つ)笑
いつもありがとうございます🎵
ココアでございますね、かしこまりました☺。
今日は久しぶりに荒れたお天気でしたね。
バロン氏、気に入っていただけ、作者も嬉しいです。
身内にいたらもて余すカモですが、結局嫌いになれない、憎めないじいさまでしょうねぇ。
観客をズッコケさせる為に一生懸命練習するんですよ、この人。可愛い❤
ではごゆっくり。