
町に入ろうとすると、前から馬車がやってきた。御者はぼろぼろのローブを着ていた。頭巾の下に覗いている顔は、どう見ても骸骨そのものだった。大きく窪んだ眼窩に目玉がガタガタ揺れていた。二人は顔を見られないようにうつむいて、馬車をやり過ごした。かすかに腐臭がした。馬の皮膚が腐って、足の部分だけ骨が飛び出しているのだ。
町は生の国のセブズーと同じように、たくさんの人達が行き来していた。ただ違うのは重々しいオレンジ色の空気と、そこに行き交う人々の姿だった。
完全に骸骨だけになってしまった者から、まだ生きているような者まで、様々な姿の死人がたむろしているのだった。
なるべく目を向けられないように、二人は用心しながら歩いた。しかし摩導師パルガが渡してくれた粉の力のために、誰も二人を怪しむ者はなかった。少しずつ二人は大胆になっていった。
バックルパーは、考えをまとめるために、まずこの町の広場に出ようと思った。なるべく人目につかないように、バックルパーは小さな路地を縫いながら進んだ。その路地もまた生の国と変わった所はなかった。そのために二人は迷う事なく自分の思い通りの場所に行くことが出来たのだった。しかしどうした訳か、路地を曲がるたびに目が回るような奇妙な感覚に襲われた。間違いなくセブズーの町そのものに違いなかったが、身体の方が何か異様なものを感じていた。それは吐き気がするような狂った感覚だった。
「バック、私気分が悪い。」
「俺もだ。少し目を瞑って見ろ、楽になる。」
目を瞑ると、確かに感覚が平静に戻って、吐き気は治まった。二人はそうやって、しばらく目を閉じながら休み休み移動していった。
見慣れた一つの路地を通りかかったとき、煉瓦造りの庁舎から一人の骸骨が出て来た。骸骨はステッキをついて、ガクガク膝の関節を鳴らしながら二人と行き違った。二人はさりげなく横を向いて通り過ぎようとした。そのときガラガラの声がした。
「おい、そこの若造。」
バックルパーは身構えて声の方を振り向いた。エミーはとっさにバックルパーにしがみついた。
そこにすれ違ったばかりの骸骨が仁王立ちして二人をにらんでいた。骸骨の頭には朽ち果てたコックドハットの残骸のようなものが乗っていた。鎖骨には色あせた布切れが引っ掛かっている。大礼服の成れの果てらしい。そして腰骨にはダイヤモンドのついたベルトの留め金が引っ掛かって揺れていた。
「人に会ったら挨拶をせんか。全く最近の若い者は教育がなっておらん。一体どこの子じゃ。」
ステッキを持った骸骨は顎をガチガチ鳴らして言った。歯が金色に光っている。生前はどこかの金持ちに違いなかった。
「すみません、つい考え事をしていたものですから。」バッククルパーは逆らわずに謝った。
「ふん、少しは物分かりがいいようじゃな。それにしても、最近の若者は礼儀をわきまえん者が多すぎる。よいか、礼じゃ、礼を忘れるんじゃないぞ。」
「分かりました、以後気をつけます。お許し下さい、」
「わしはゲッペルじゃ。覚えておくがよい。」
「ゲッペル様、申し訳ありませんでした。私はバックルパーと申します。それにこれはエミー、これから広場に行くところです。では失礼いたします。」
バックルパーはエミーの頭に手をやってお辞儀させ、自分も頭を下げた。
「よろしい。以後忘れるんじゃないぞ。」ゲッペルは腰骨をステッキにもたせ掛けてろっ骨を前に突き出した。そこには勲章がいくつも吊り下げられていた。
「では、失礼致します。」バックルパーは丁寧に礼をしてゲッペルと別れた。ゲッペルは胸を張って立ったまましばらく二人が歩み去るのを眺めていたが、やがて満足したように踵を返して歩き始めた。
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