(14)
バリオン星の王宮には大きな物見の塔がありました。最上階に登ると、そこには豪華に設えられた王様の執務室がありました。老練な物見たちが絶えず四方の空を眺めています。彼らは裸眼でも巨大望遠鏡に匹敵する眼力を持っているのです。
皆の心配をよそに、王様に会ったその第一声が何と、スケール号を「太陽族の使い」と称してくれたのです。太陽の紋章を持つ者に解り合うための言葉はいらなかったのです。
そのバリオンの王様が博士の横に立っています。二人は物見の塔の欄干に手を置いて虚空を眺めているのです。
博士の後ろには艦長の揺りかごを守るように、もこりんとぐうすかそしてぴょんたが皆、お腹をそらせて空を眺めているのです。苦しくてお腹をくの字に曲げられないので、空を眺めるのはちょうどいい姿勢だったのです。
「フンギャー、フンギャー」それまで機嫌のよかった艦長が突然泣きはじめました。
「ほら、もこりん。出番ダすよ。」ぐうすかが嬉しそうに言いました。
「はいはい艦長、ちょっと待ってくれるでヤすか。」
もこりんはいつの間にか艦長のおむつ係になっていました。何度も被害に遭ったもこりんでしたが、案外嬉しそうで、艦長のほっぺをつんつんして揺りかごの中からおむつを取り出すと、手際よく交換を始めました。時々ある噴水被害には汚れたおむつで防ぐ術も覚え、今やもこりんは艦長のおむつ係りを誰にも譲らないのです。
その光景をバリオンの王様とお付きの者達はいぶかしげに眺めていました。というのも、バリオン星の赤ちゃんは下半身裸で育てるのが普通でした。汚れるのが分かっているのになぜわざわざパンツをはかせるのか誰も理解できなかったのです。けれども赤ちゃんの笑顔は誰の目にも微笑ましいものです。
「おうおう、もこりんありがとう。」
博士がお礼を言って機嫌のよくなった艦長を抱き上げました。ずっしりと重さが腕に伝わってきました。北斗は順調に育っているのです。すると博士は、どうしてものぞみ赤ちゃんを思い出してしまうのです。今も産院の保育器の中で必死で生きようとしているはずです。その証拠が、今いるこの静かな宇宙であり、こうして会見している王様そのものなのです。王様がいる限りのぞみ赤ちゃんは健在なのだ。博士は確証のないままそう信じているのです。
その横にスケール号が座り、毛繕いし顔を拭いています。金色の毛がとても気に入っているようです。
スケール号の隊員たちは、まだ先ほどまでの信じられない光景と歓迎会の賑わいに酔っているようでした。
色とりどりの食べ物や飲み物が山のように並んだ食卓。
見たことも無いきらびやかな料理はどれもおいしいくて、コックのもこりんを驚かせましたし、ぐうすかはもう料理皿を手当たり次第です。青赤黄色のサワーにオレンジ色のピザ風焼きもの。パンのような食感なのに、かむほどにジューシーになるフルーツ。ぐうすかによれば、お腹にたまるフルーツだそうです。思わず口の中がいっぱいになってしまうこってり味が、一瞬でとろけてなくなる肉料理。ぐうすかの至福はいつまでも尽きません。ぴょんたは興奮して花畑のような食卓の上を飛び回っていました。もちろん艦長だけはミルクで満足していましたけれど。
そればかりではありません。フルオーケストラの楽団が見たことも無い楽器を打ち鳴らし、水の太鼓がしぶきのハーモニーを奏でるのには驚きました。コーラスと舞踊が皆を興奮させて、スケール号もリズムに合わせて何度も宙返りしたほどです。それを見たバリオンの歓迎団が山鳴りのような喝采をおくると、もう迎賓の間は緊張の糸が切れた凧のような大宴会となったのでした。
それはつい数時間前のことでした。
スケール号は迎賓の間に通されました。乗組員たちはその巨大さに圧倒されて、身を固くするばかりでした。
すぐそばの装飾された丸柱は、隊員達3人が手をつないでも一周できないほどでした。天空を思わせる巨大なドームの天井があり、中天には大きな太陽のレリーフが飾られ、そこから炎の彫刻が四方八方に伸び拡がっています。豪華な彩色を施された神々の彫像が、至る所で炎をまとって舞い踊っているのです。
迎賓の間に入ったものは誰もが首を真上に捻じ曲げて見とれてしまうでしょう。百人掛けの食卓が左右に三卓ずつ並び、中央の床には磨かれた五色石が敷き詰められて巨大な円を描いているのです。その円盤の中央に立つと、真上に太陽のレリーフがあってすべてを威圧するように見下ろしてくるのです。左右にある食卓のさらに向こうにはアーチ形の大きな扉がありました。正面には高い台座がしつらえられ、左右に階段がありました。朱の欄干と黄金の絨毯がまぶしく思えます。その台座の下には三段ステップの舞台が横たわり、どこからもその舞台に上がることが出来ます。舞台の大きさだけでもテニスコートが十分にとれそうです。その舞台の上には純白の長いテーブルとイスが広間に向かって並べられていました。特殊な照明が当てられているのでしょう、そこだけが心に染み入るように白く輝き、いやでもテーブルとイスが浮き上がって見えるのです。
スケール号から降りた乗組員たちはただ茫然と息をのむばかりでした。何より驚いたのは人の数でした。両側の巨大な食卓には正装した人々が整然と座っていましたし、正面には純白のテーブルを挟むように楽隊が整列しているのです。
案内に従って迎賓の間に足を踏み入れた時、左右の食卓から一斉に人々が立ち上がり拍手が鳴り響きました。その拍手は隊員たちが石畳の中央に進むまで鳴りやまなかったのです。するとそれを合図に楽隊が力強いファンファーレを吹き鳴らしました。
「太陽族の使いの者達、よくぞこのバリオンに参られた。」
太い声が頭の上から聞こえました。王様の声だとすぐにわかりました。人々の心が一瞬で変わるのをスケール号の面々でさえ感じることが出来たのですから。台座から王様が姿を現したのです。
「まずはゆるりと、身を休ませるが良い。国を挙げて歓迎いたす。我ら、太陽族の意にかけて。」
再び大喝采が起こり、ラッパが鳴り響きました。
王様は従者を連れて台座から降りると、自らスケール号の面々を出迎え、白いテーブルに一同を導いて行きました。
台座を背にして皆がテーブルに着くと王様が手を挙げました。
音楽が止むと、左右の食卓から何かが崩れるような音が響きました。全員が一斉に腰を下ろしたのです。
すると左右の門が開き何台ものワゴン車を先頭に、楽団とコーラス隊が現われたのです。ワゴン車には山盛りの料理が乗っていました。
瞬く間に白いテーブルが豪華な食卓に変ったのです。
ぐうすか達に胃袋がなかったら、永遠に食べ続けていたでしょう。それほどおいしいものばかりでした。そのおかげで、物見の塔に案内されたときにも、お腹をくの字に曲げることが出来なかったのです。
「王様、聴いて言いでヤすか?」もこりんが胸を張ったまま王様に尋ねました。
「何だね。」怖そうな王様が気さくに答えました。食事を終える頃には、スケール号の乗組員たちはすっかり王様を好きになっていたのです。
「原子の王様って、星のことだと思ってヤしたが、どうして目にも見えない小さな星に人がいるのでヤすか。」
「そうそう、わたスも思っていたダすよ。」
ここはのぞみ赤ちゃんの身体の中なのです。その身体が原子でできているということは博士の授業で知っていましたが、その上に人がいるなんて聞いたことがありませんでした。それはぐうすかもぴょんたも同じでした。太陽は燃える火の玉で人など住んでいません。ですから原子の王様と言えば、そういうものだと皆は思っていたのです。
「星には人が棲んでいるものだよ。もころんとやら。」
「もこりんでヤすよ、王様。」
王様はもこりんの訂正には答えず、威儀を正して博士に向き直りました。
「私はこのバリオンを統べる太陽族の王である。」
「そなたたちは私に何を伝えに来たのだ。なにゆえに太陽の紋章を持って私に近づいた。」
「王様、長い話になりますが、お聞きくださいますか。」
博士は改めて王様の前で膝を折り、胸に右手を添えて頭を下げました。
「聴こう。楽になさるがよい。」
「ありがとうございます。我々を太陽族の使者と呼んでいただき光栄です王様。」
そう言って博士は、スケール号のいわれをかいつまんで話し、太陽の紋章をいただいたいきさつを説明しました。
バリオン王は博士の話しに目を見開いて聴き入っていました。
博士は子供の頃、艦長としてスケール号にのっていたのです。神ひと様に会いに行く旅の経験から、太陽が神ひと様の身体をつくっている一番小さな単位で、神ひと様の光と命を宿していると知ったのです。のぞみ赤ちゃん、つまり我ら人間が原子系宇宙に浮かんでいる素粒子星の一つ一つを命の単位として、まるで素粒子星が組体操をするように人の身体を創り上げています。まったく同じように太陽が神ひと様の身体を支えているのでした。違うのは素粒子星と太陽ということだけです。スケールが違うだけで、どちらもヒトをつくる一番小さな単位としてこの宇宙に存在していることになるのです。つまりこの世はスケールを変えながら同じ世界が繰り返されているのです。
「信じられぬ。。」
バリオン王は博士の途方もない話に、自分がどうかかわっていいのか分からないという表情で博士を見ました。
「王様、私達の身のまわりには目に見えぬ空間が在りますね。この空間こそがその証拠なのです。失礼ながらこのバリオン星は、まだ一つひとつのお名前も存じ上げませんが、いくつもの惑星を従えて原子系をつくっておられます。どうしてそんなことが出来るのかご存知ですか。」
「それは太陽族の、我らの力じゃ。」
「はい。まさにその通りです。しかしもっと根本に空間が在るのです王様、私達は空間の力を見落としていたのです。」
「空間の力だと?」
「バリオンの原子系宇宙はこの空間が在ってはじめて成り立っています。」博士は自分の両手を広げて空間を包んで見せました。
「空間がなかったら。。。」
「そうです王様、そう考えたらいいのです。空間がなかったら、この原子系宇宙に浮かぶ星達はどうなります?皆一つにくっついてしまいますね。そうなったらこのバリオン星すらなくなります。」
「。。。そんなふうに考えたことはなかったが、確かに空間が在るからバリオンもストレンジも浮かんでいると言えるが。。。」
「王様、このスケール号はこの空間を通って、太陽系の宇宙から王様のいる原子系宇宙にやってこれるのです。」
「ゴロニャーン」
スケール号は自分のことを言われて嬉しくなったのでしょう。宙返りしてそのまま王様の足元にすり寄って行きました。バリオン星の包み込まれるような光の中で金色の毛並みが繊細に揺れているのです。王様は思わずスケール号をすくい上げ両の腕に抱きかかえました。
「この猫がの?」
四半の空いっぱいに拡がった猫の姿が王様の頭に焼き付いています。そのスケール号が無警戒に喉を鳴らしてバリオン王の腕をぺろぺろ舐めました。
「スケール号は自在にその大きさを変えることが出来るのです。」
「だからあのような大きな姿で現れたのか。あれはお前だったのか。。。しかしあの時反乱軍に攻撃されて死んだのではないのか。」
「反乱軍ですと?王様、スケール号を射抜いたのは王様の光の槍ではなかったと言われるのですか?」
「あの時そなたたちの背後に反乱軍の大部隊が控えていた。そなたたちはその先鋒だと疑ったのだが、攻撃を受けたのを見て助けようとしたのだ。しかしその直後に突然消えたのだ。てっきり死んだと思ったのだが、生きていてよかったの。」
王様はスケール号の毛並みを梳くように撫ぜてやりました。スケール号は気持ちよさそうに目を閉じています。
「その反乱軍はどうなったのですか・・・王様?」
「撃退した。」
長い間求めていたものは、うねりに任せたらいい。たったそれだけのことだったのです。
酒を飲みながら、話を聞いてください。