洞爺湖町の高砂貝塚から出土した人骨は、妊娠痕のある成年女性の遺骨で、40週目の胎児の骨を抱くような状態で出土しており、出産時に母子ともども亡くなった方と推測されている。
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(写真の骨はレプリカで実物は札幌医大で保管)
遺骨の上には大量のベンガラ(酸化第二鉄由来の赤い顔料)が撒かれ、腰の所にヒスイ勾玉が副葬されていたので、かなり特別な女性であったようだ。長期間にわたり冷たい水が耳にはいってできる外耳道骨腫の痕跡もあるそうなので、海女さんのリーダーであったものか?
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わたしの目をひいたのが勾玉のカタチと色である。額部と腹部に4つの刻みがあり、いかにも胎児っぽい。
そして色は縄文時代には珍しい深緑系のヒスイで、弥生時代中期の北部九州で出土するロウカン質のヒスイ勾玉に近い。
この特異な勾玉とそっくりなのが、新潟県村上市の元屋敷遺跡出土の連珠になった勾玉で、深緑系のヒスイ勾玉は東北地方でみたことはないことも、北海道と元屋敷遺跡の密接な関係を感じる理由のひとつだ。ただし元屋敷遺跡は後期で高砂貝塚は晩期。最大で1,000年の時代差があるので、ここは慎重にw。
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元屋敷遺跡出土の連珠。下段からふたつ目、右から2点目の勾玉に似ている。全体的に白っぽいのは、原石に熱を加えて割り易くした痕跡か?
勾玉は切ない人の想いを託した依り代、祈りのカタチ。お気軽なアクセサリーなんかじゃなかった。
ヒスイ職人として忘れちゃならないこと。