縄文人(見習い)の糸魚川発!

ヒスイの故郷、糸魚川のヒスイ職人が、縄文・整体・自然農法をライフワークに情報発信!

絶滅危惧の手仕事道具・・・鍔ノミ

2017年11月24日 07時39分51秒 | 民俗学ごっこ

ドブネ大工と桶職人の道具に共通した絶滅危惧道具が、鍔ノミ(ツバノミ)という下穴を開ける道具。

和釘は四角い断面を持つ太いクサビ型をしており、そのまま木に打ち付けると木が割れてしまうため、鍔ノミを材木に叩き込んで下穴を開けた後に下から鍔を叩いて抜く。


見慣れた西洋釘は鋼材を圧延して作り、頭が腐食してしまうと抜けてしまうが、武骨なクサビ型の釘は鍛冶屋が何度も折り返して作る鍛造品で、頭部が腐食してもクサビが面で効いているので抜けにくく、西洋釘に比べて鋼材的にも構造的にも耐久性は高い・・・しかし高価で面倒だから廃れていった。


この太くて四角い断面を持つ釘は、南インドの伝統的な大型木造帆船の造船所で現役で使われていた船釘だが、頭部が丸く出っ張っている所が和釘と違う。

古い筒石漁港に2隻の木造船が残っているのだが、1隻はこの秋の台風で船底を残して分解していた。


掘立柱建物や和船の構造モデルとして民俗学好きを案内しているが、この漁港も民俗文化財に指定して欲しいもんだ。


逝きし手仕事達への挽歌・・・糸魚川の桶職人の道具

2017年11月22日 22時23分06秒 | ぬなかわヒスイ工房

富山の博物館に寄贈したのは、ドブネ船大工の道具の他に糸魚川市早川区の桶職人の道具箱1式。

手作りらしい道具箱の引き出しに、職人さんの人生が詰まっていた。

引出し最下段には「かた取り」という桶の寸法を墨付けする定規が収まっていた。

中段には鑿や台の底が丸くなった桶の内側を削る鉋各種。

上段には錐各種。先端がフォークのように3本に分れた錐は、大きな穴を開けるためのネズミ錐。桶職人だから液体用の桶の吐出口の開口にでも使っていたものか。

 

錐や鑿の柄、鉋の台もすべて手作りで、まさしく身の丈にあった道具。

この道具箱の中の道具は職人さんの身体の延長と言える。

ヒスイ職人となった以前と以後では、古い職人道具への愛着がまるで違い、職人道具は職人の魂、人生と心から思えるようになってきた。


二度と作ることも使われることがない、逝きし手仕事達への挽歌。


職人の魂は貴重な文化遺産・・・ドブネ大工の道具

2017年11月21日 08時39分56秒 | 民俗学ごっこ

新潟の旧中頚城地方から能登にかけて、かってドブネという木造漁船が活躍しており、糸魚川にもドブネ大工さんがいた。

直江津水族館に展示さっれているドブネは、最後のドブネ大工、糸魚川の永越さんの作品

 

新潟では地引網、能登では定置網用の沿岸漁業に使役された小型漁船で、「オモキつくり」という丸木舟から派生した古い造船方法を残しており、明治から平成の始めまで現役であったようだ。

六年ほど前、私が海のヒスイロード検証のための丸木舟を作っていると新聞で紹介された際、記事を見た上越市のドブネ大工の子孫から連絡があった。

亡くなった爺さんのドブネ造りの大工道具、丸木舟作りに役立てて欲しいとのこと。

絶滅危惧種道具の鍔ノミは、板材を釘打ちする前に下穴を開ける道具で、打ち込んだ後に鍔を逆から叩いて抜く。四角い孔が開くのだが、見慣れた丸い釘は圧延した西洋釘で寿命が短く、日本の伝統木工では鍛造して造った断面が四角い釘を使うため。

 

有難く頂いたが、数ある道具のなかで丸木舟造りに使うのは大工ヨキ(小型のマサカリ)とテグリ(手繰りジョンナ)で、それなりに活躍してくれた。

丸木舟造りを終えた後、貴重な大工道具は私のコレクションに加わったが、私亡きあとは遺族に価値の解る人がいるとは思えず、心を痛めていた。

フェイスブック友達の富山県氷見市の学芸員のHさん、私の投稿に興味を持って遠路ぬなかわヒスイ工房を訪ねてきてくれた。ドブネ大工道具のみならず、私の刃物コレクションに興奮気味に記録をとっていた。

Hさんが手にしているのは、大工ヨキ。用途や産地などの話題が尽きなかった。

 

職人の魂と言える道具、粗末に扱ってはバチが当たる。

二度と入手できない貴重な民俗資料は博物館に寄贈するのが一番だが、糸魚川には寄贈できる民俗資料館がないのだ。

めでたく道具が氷見市立博物館に寄贈が決まった後は、筒石区にある旧筒石漁港を案内。一目みて「おお~、これは!」と感嘆。こういった舟屋は丹後伊江が有名だが、うまく活用すれば観光スポットになるのだが・・・。

朽ち果てた伝統和船もすかさず記録!残念ながら年々劣化が進んでいる。

 

有難いことに、一部は私のコレクションに残して氷見市立博物館に収蔵されることになった。

新潟の民俗資料が富山に渡ることに申し訳なさそうだったが、価値がわかる人にわかって貰えばいいし、少なくても私が個人で持っているよりいい。


富山県の学芸員さんは熱心でフットワークがいい人が多く、羨ましい。

東西の文化的境目である糸魚川は、民具資料に紹介されている独自性、特異性のあるものが多い。

それらが誰に顧みられず納屋で錆びついたり捨てられたりしているのだ。勿体ない。


すごいヤツ・・・ヒスイ加工の助っ人

2017年11月19日 10時03分31秒 | ぬなかわヒスイ工房

勾玉の内側の凹み加工する際に使う、リューターという回転工具の60番手の工業用ダイアモンドを蒸着した先端パーツ、1個500円で小分けします。

ヒスイ加工に必須のリューターと言えばアメリカのフォーダム。モーターとハンドピースが別れたタイプは使いやすく耐久性も抜群。ホームセンターなどで売っている一体成型の安物はハンドピースが熱を持ったり、水や切削屑がハンドピースに入り込んで内部が錆びるなど耐久性に乏しいのです。

 

量産する職人さんは一発で凹みが加工できる非常に高価な専用パーツを注文したりしていますが、少量生産の私は汎用性のあるリューター派。


私が愛用している180番粒度の先端パーツを観た原石屋さんがお店で売るようになって以来、使いやすく格安という事で人気が出ました。


そしてこの夏に私の意見を反映して、同じ形状で60番という市販されていない粗い番手を大量注文生産!

この粒度のパーツを個人で注文すると桁違いの高価になりますが、耐久性も切削速度も十分で、私の使い方なら1本で勾玉が30個以上は作れそう。

 

もちろん60番手で切削した後は、180番手での成形は必要ですが、とにかく仕事が早い! 

義理で20個も買わされてしまいました・・・私なら1年で2本は持つので使い終わるのに10年かかる・・・誰か買って(笑)


ゼロ戦と同い年!

2017年11月17日 07時51分28秒 | 記録しておきたいヒト・モノ・本・映画

晩飯後に炬燵でウトウトしていたら、テレビからヒフミンこと加藤一二三さんが自分の名の由来を語っているのが聞こえてきた。

ヒは、元旦産まれなので一
フは、昭和15年生まれで折しも皇紀2600年だったから二
ミは、三男坊だったから三

だから一二三なのだとか。


皇紀2600年生まれという事は、同年に旧帝国海軍機として正式採用された故に、末尾の0から「零式艦上戦闘機」と名付けられたゼロ戦と同い年!

有名なゼロ戦の写真だが、撃墜王として名高いラバウル時代の坂井三郎さん搭乗機!


夢うつつの中で、よくも最近まで将棋界のトップにいたもんだと関心していた。

待てよ・・・昭和15年は・・・1940年・・・ゲゲッ、ジョン・レノン様も同い年!

変な夢をみた。


糸魚川の海岸段丘・・・冬の景色

2017年11月15日 07時22分40秒 | 糸魚川自慢

貴重な晴れ間を縫って、今年最後になろうかという原石拾い。

久しぶりに見る姫川河口は、断層のような荒々しい海岸段丘が発達して様子が一変していた。

姫川河口から西を望む

 

土木工学の本にも出ているくらい有名な暴れ川、姫川に橋が掛かったのは近代に入ってから。

昔は河口に近い須沢地区に渡し船があったそうだが、江戸時代に全国の測量行脚をした伊能忠敬は姫川の増水で何日も足止めされたとか。

幼馴染の直子ちゃんは、その時の宿泊先が親族筋の家なのだと自慢している(笑)

須沢の人々は、山の権利を貰える代わりに集落ぐるみで五人一組の交代制で渡し船をしていたとモノの本に出ているが、渡し船をするという事は増水のたびに上流から転がり出てくる大きな石を川浚いしていたに違いなく、冬なんか大変だったことだろう。

糸魚川名物の海岸段丘。

平日にも関わらず、この日も県外からのヒスイ拾いの人が大勢いた。

 

海岸段丘は海岸のみならず、海の中にも発達している。

だから押寄せる大波が海岸段丘をジャンプ台にして、波打ち際で急激にそそり立つ恐ろしい海でもある。

この日も河口には衝立のような巨大な波が立っていた。

こんな恐ろしい海、糸魚川の縄文人達は、船足の遅い丸木舟をよく乗り回していたもんだ。

以上、レポートは先人の苦労が偲ばれる冬の糸魚川の海からでした・・・。

 

 


縄文の赤・・・彩色遮光器土偶石笛

2017年11月14日 07時31分56秒 | ぬなかわヒスイ工房

遮光器土偶石笛が可愛らしいと評判。

さっそく線刻に鮮やかな赤い彩色を、という注文を貰った。

12月21日に横浜で開催されるクリスタルボウルライブ「冬至祭」に出品したいので、同じデザインの石笛を2個作ったが、同じ仕事をしたくないから全部研磨方法を変えた。

遮光器土偶三兄弟!

 

そのお陰で新しい線刻技術を発見・・・。

私は石によって研磨方法を変えているが、これは方法論を固定化することで、石をこちらの都合に無理やりはめ込みたくないし、予定調和は面白くないから。

主役は石、私は召使という立場で、最も石が喜ぶ工程、方法へと工夫している。

だから時間はかかる、だから面白い。

学生時代にヒッチハイクをしていて、スエーデン人学生2人組から日本語がまったく解らないので一緒にヒッチハイクしてくれと頼まれて京都まで旅行した。

その時、日本文化は詫び寂とガイドブックに書いてあるが、なんで神社仏閣には鮮やかな赤が使われているのか?と聞かれて、咄嗟に「赤はバイオカラーで、魔除けになるのだ!」とシドロモドロの英語で答えた。

後から調べたら満更間違っていなく留飲を下げたが、縄文人も赤が大好き。

土器や土偶もベンガラなどの赤で彩色されているものがあり、どうやら日常使いではない祭りに使う特別なものにだけ赤が塗られたようだ。

縄文人にとって、否、人間にとって赤は特別な色。

完成した彩色遮光器土偶石笛、やはり赤が映える。

 

 


潮から塩へ・・・塩炊きにみる神話イメージ

2017年11月12日 08時51分46秒 | 田舎暮らし

新潟の山の中、松之山に太古の潮が湧き出す温泉があるという。

友人がその潮から塩炊きをするというので、火起こしがてら参加して色々な気付きがあった。

潮を煮て、潮から塩に変容していく様子が実に愉しいのだ。

塩炊きを主宰した地元農家の嶋村さん。参加者は総勢20名くらい。

 

シューという液体が沸騰する音からクツクツという粘りのある音に変化していき、次いで撹拌を続けている柄杓が重く感じてくる。

潮から塩へ、言葉を変えると液体から個体に変化していく作業をしていると、古代インドの乳海撹拌神話や、古事記の国産み神話を追体験している気分になってくる。

屋外イベントで人気のぬなかわヒスイ工房製の火打石セットは、この日は塩炊きで火打石による着火をしたのでよく売れた。

 

二つの神話に共通した点は、形が定まらない液体状の原初の宇宙を、神様が撹拌することで固めてこの世を造ったという部分。

してみるとインド神話のアムリタ(甘露)は塩か?

いやいや、早くから遊牧文化が栄えた西アジアだから、アムリタは乳を撹拌して造るバター?

親子とも初めての薪割りをする参加者。

 

その点、古事記の国産み神話は塩炊きそのもので、イザナギとイザナミが撹拌に使った天沼矛(あめのぬぼこ)の実態は柄杓なのか?なんて考えながら撹拌していると笑えてくる。

いずれにせよ古代人の生活実感が神話イメージにあるのではないか?

午前10時から始めて日付が変わる頃合いにドロドロにまで煮詰まり、翌朝にフライパンで乾煎りして塩ができた。

 

松尾芭蕉の造化という概念を、私は「在る自然からヒトが産み出す自然」と捉えてヒスイ加工をしているが、塩炊きも造化だなぁ・・・。

そんなことに想いを馳せる得難い体験だった。

 

 

 

 

 


縄文の響き、再び・・・冬至祭

2017年11月09日 21時54分02秒 | ぬなかわヒスイ工房

昨年に続いて牧野持侑さん主催の「冬至祭」に招待出演することになった。

ミュージシャンでもないのに、有難い話しである。

場所は横浜の音楽会ホールとして知る人ぞ知る大倉山記念ホール。

 クリスタルボウルを演奏する牧野持侑さん。初対面から意気投合したが、話してみると共通の友人が多かったりする。

 

昨年は出演者が多いために一人あたりの持ち時間が15分だったのが、もっとじっくり聞きたいという要望があったらしく、今年は出演者を減らして持ち時間は倍。

一介のヒスイ職人の話が面白いのかどうかは知らんが、首都圏では初めてとなる「海のヒスイロード検証実験航海記」をたっぷり30分話す予定である。

五千年前の海の航海者がどんな風景を観て、どんな航海をしていたのか?

縄文ヒスイ漫談によるヒスイとヒトのモノガタリ、興味のある人は下記URLの「くりすた庵」さんにお問合せください。

http://crystalian.com/

 


簡略と誇張・・・遮光器土偶石笛

2017年11月07日 07時34分49秒 | ぬなかわヒスイ工房

縄文女子に人気の遮光器土偶オカリナを石笛化。

唯一、店頭販売して頂いている京都の「民族楽器コイズミ」さんでも、外国人観光客がお土産に買っていってくれるそう。

右がオカリナ、左が石笛

線刻部分を研磨するか未研磨のままにするかは悩み所だが、ブレのない均一な線刻なら未研磨でも恰好いいと思う。

遮光器土偶の実物は、表面にベンガラが塗られて赤く彩色されていた痕跡が残っている。

 

土と石では表現手段が全然違って、出土品を石で製品化する場合は簡略化と誇張が必須。
見た人がイメージを共有してくれれば成功だと思う。


最小限で本質を表現する工夫は、俳句に似ている。

どこまで実物と同じにして、どれだけ省略するのか?紙に描いたデザイン画では分からず、実際に作ってみないと駄目ですな。

 

もっとシンプルに、もっと大胆に、と縄文人(見習い)の苦悶は続く。