水遊びの師匠、文章の師匠、生き方の師匠だったカヌーイストの野田知佑さん逝去の報道。享年84歳。
在りし日の野田さん。40代くらいか?
野田さんは、男なら孤独を楽しめ、誰にも知られず熊に食われたっていいじゃないか、と野垂れ死にする自由や日本のダム行政や河川行政のデタラメ加減も教えてくれた。
20代から何度も読み返している名著「日本の川を旅する」は、今は失われた70年代くらいまでの日本の川の美しさも教えてくれた。
激流を下る様子を「快!快!快!快!快!快!快!快!」と、1ページに渡って書いた文章に衝撃を受けた。
その文体は変化自在。改行なしでドストエフスキーみたいな長文も書く一方、真逆なヘミングウェイみたいな端的表現も巧みだった。
野田さんがどんな文体を使いこなしても、共通するのは詩情と郷愁、それと焚火の匂い。
川旅と映画と読書、孤独と自由を愛した希代の自由人の野田さんは、私に最も影響を与えた師匠のひとり。
自分のお金で、自分だけの時間を過ごす旅の紀行文の数々は、どれも面白いが、若い頃にカヌーと出逢った欧州ヒッチハイクの旅行記も好きだ。
ギリシャ哲学に興味をもって辞書を引きながら独学したギリシャ語が、ギリシャで「あなたのギリシャ語は2,000年前に使われていた言葉です」と笑われた逸話や「その男ゾルバ」の主演アンソニー・クインと出逢って話をした逸話などなど。
この頃の野田さんは、アメリカ人俳優のロバート・ショウに似ていた。
ずいぶんと昔に某アウトドア雑誌で、海・山・川のプロフェッショナルたちに「寒さ対策」を聞く企画特集の時、多くの人は新素材の衣類の紹介や着替えの重要性を説いていたが、野田さんだけは「濡れたら焚火で乾かせばいい。寒ければ酒を飲んで体の中から温めればいい」と、実にそっけない回答で、私はコレコレ!とほくそ笑んだ。野田さんは生粋の川の人。
毎晩深夜まで残業していたサラリーマン時代に、オフィス机にお守りのように入れておいたのが「日本の川を旅する」とヘミングウェイの短編「二つの心臓の大きな川」の二冊。
どこから読んでも面白く、数ページ、数行読むだけで夜空の下で焚火をした気分に誘ってくれた。心がすり減ってきたと感じたら読むといい本。