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「海のヒスイロード検証実験」で、青森の三内丸山遺跡までの780キロを目指したのが7年前。
推定船齢30年を超える愛艇「縄文人(見習い)号」は、航海前に中村造船さんで補修済みだったが、風波がデッキを洗う海況の時はどこから浸水するのか、マメにアカ汲み(排水)をしないと水船になった。
糸魚川の「寺地遺跡」から出土した3,000年前の木片が、新潟県内2例目となる「国内最大級の可能能」のある「縄文丸木舟と断定」と2月23日付けの朝刊に出ておりましたが・・・。
国指定縄文遺跡「寺地遺跡」は、晩期を中心にしたヒスイ加工遺跡。
出土した6本の杉柱の柱痕は国内初の木柱列遺構とされておりますので、県外から訪れるスピリチャル系の方も多いのですが、案内すると復元状態が中途半端過ぎてみなさんガッカリされますのデス(笑)
朝刊には、糸魚川市文化振興課による「・・・海用の大型縄文丸木舟が出土し、縄文時代におけるヒスイ交易の具体像を知る上で画期的な発見」とのコメントが出ていた。
これが報道されていた木片だが、たった90×38×10㎝の木片が出土しただけで、国内最大級の丸木舟の可能性も、海用であった可能性も「断定」できないでしょうに( ´艸`)
私は福井県「鳥浜貝塚」出土の幅60㎝クラスの丸木舟レプリカを漕ぎ、自作した幅60㎝の丸木舟で検証実験と長距離航海をした経験があるが、そのクラスで海に漕ぎだすとアウトリガーを付けるか双胴船にしないと転覆しやすく荷物も積めないので、例えばシーカヤックで「海のヒスイロード検証航海実験」の一環として、2か月半も掛かった糸魚川~青森県「三内丸山遺跡」までの780キロ航海は無理だと身に染みて実感している。
鳥浜貝塚での漕航実験をしたが、静水面であっても座って漕ぐとグラグラと転覆しそうになるので、SAP(マリンスポーツの一種でスタンディング・パドル・ボードの略称)のように立って漕いでいる所。
糸魚川市文化振興課はずいぶんと思い切ったコメントをしたもんだが、希望的観測が過ぎるのではないだろうか?
8月最後の週末は、たて続けに3組の来客で相変わらずの千客万来のぬなかわヒスイ工房。
金曜の午前中は大雨の中、突然にずぶ濡れの男性が工房にやって来て「どちら様で?」と聞くと「山形で会った沖縄の片山だけど、覚えてる?」
「え”~、スーパーカブ乗りの片山さん?!」
5年前の海のヒスイロード検証実験航海の時に、山形県遊佐町ののキャンプ場で会ったスーパーカブで旅する沖縄の片山さんと解り。工房に招きいれる。
酷い天気なので自宅に泊まっていったら?とお誘いしたが、小一時間ほど旧交を温めただけで、先を急ぐからと颯爽と西に去っていった。
北九州生まれで長年に渡り沖縄で海人生活、子供が巣立った後は沖縄を拠点に旅暮らしという人生経験豊富な男性だから、聞きたい話は山とあるのだが、恰好良すぎるぞ、75歳の片山さん!
さっと来てさっと帰っていく月光仮面や仮面ライダーかというくらいの潔さ!男らしいなぁ・・・。
自立・自律して人生経験豊富な逞しい人、こんな人に縄文なるものを感じる。
昨夜来から梅雨入り前の暴風雨。
3年前の今頃は、海のヒスイロード検証実験航海で、青森を目指して単独シーカヤックを漕いでいた。
出航は天気晴朗なれど波高しという海況だったが、出航2日目に暴風雨で6日間の停滞。
出航は5月前半で、新潟県内は西風が吹くと時化模様になり、そのまま暴風雨に成長というパターンが多く苦労した海域。
人家まで歩いて30分以上かかる、遮るものの何もない海岸に限って、暴風雨に遭遇してしまうのは何故?(笑)
大河津分水河口にて。無人の海岸で5日前後の停滞キャンプを四回経験した。
度重なる暴風雨で、新潟市目前でついにテントが破れ、ポールも折れた。愛艇の赤い旗が真横になびいていることに注目して欲しい。
暴風雨でテントが飛ばされないように、重石になる漂着物を拾ってはテントの杭の上に置いた。
やむなく廃屋で野宿した事も、今となっては懐かしい思い出。
新潟県内だけで1か月もかかるような航海では、先がどうなる事かと心配になった。
ところが新潟県最北の村上市から東北は晴天、無風という有難い海況が続き、航海は順調。
東北の梅雨の海は穏やかなのだ。
五千年前に青森の三内丸山遺跡までヒスイを運んだ海のヒスイロードの航海者たちは、梅雨時期に航海していたのではないかと思っている。