縄文人(見習い)の糸魚川発!

ヒスイの故郷、糸魚川のヒスイ職人が、縄文・整体・自然農法をライフワークに情報発信!

塩の伝道師からおしえてもらった塩の湿気どめは米よりマカロニ!・・・笹川流れの「白いダイヤ」

2023年10月17日 07時38分02秒 | 旅先にて
「食卓塩の湿気どめにはマカロニがいい。米をいれる人は多いけど、米が崩れちゃうから。」
北海道旅の帰りに日本海沿いを南下して、山形から新潟にはいってすぐの笹川流れで海塩を製造販売していいる富樫さんの「白いダイヤ」に寄って教えてもらった。
「海のヒスイロード検証実験航海」の時に知遇を得てからのお付き合いになるのだけど、富樫さんの話しは我が意を得たりと膝をうつことが多い。
海水を煮詰めるただけのシンプルな塩、さらに手間暇をかけて甘味を感じる塩など品ぞろえが豊富で、そのストイックな追求に「塩の伝道師」と呼ばせてもらっている。分野はちがっても同志と呼べるひと。
 
生野菜は「白いダイヤ」をふりかけるだけでいい。美味いのだ。通販もやっているので、食ってみたかったら「白いダイヤ」で検索してみるといい。
 
 

昭和の匂いのする谷根千の街と人情、店・・・ハミングバードカフェのパフェ

2022年09月11日 10時29分36秒 | 旅先にて

これが噂のハミングバードカフェのパフェ。

甘さ控えめな、ほろ苦く濃厚で濃密な味わい。
昭和のまま時間が止まっているかのような場所もいい。
 
車がビュンビュン通る不忍通りから一歩裏に入ると、地域ネコが路上で昼寝をする、いかにも下町の路地にある。
 
テラス席でパフェを食った後に、コーヒーとタバコを楽しんでいたら、通りがかりのご婦人から「気持ちよさそうですねぇ」と声をかけられ、「ごいっしょにいかが?」と答えたら軽く会釈して通り過ぎていった。
東京の下町の人情は、人間臭くても淡く、それが心地いい。
 
馴染みの店ができると、その街が好きになる。
 
寄席のある上野、浅草、新宿、池袋にはそんな店が多いが、谷根千(谷中・根津・千駄木)も好きになった。
 
 
 
 
#谷根千の人情とおススメの店 #都会のオアシス #ハミングバードカフェのパフェ
 
 
 
 
 

シャワーと昼寝で熱中症対策・・・東南アジアの生活スタイルに学ぶ

2022年06月27日 06時30分51秒 | 旅先にて

夏は東南アジアの人のように、日に数度のシャワーと昼寝をして、熱中症対策と夏バテ防止に努めている。

夏は尻の下からの太股の裏が重怠い感じがする時があるが、これは野口整体では湿気でくたびれている症状。昼寝の時は、仰向けになって膝をたて、踵でトントンと座骨(尻の下)をたたいて太股裏の筋をゆるませるといい。

バンコクの市場ににて
 
バリ島であった日本人旅行者が、バリの人は昼寝ばかりする怠け者だと言っていたので、彼らは朝くらいうちから働いて暑い日中は休んでいるのであって、あなたが朝寝坊してるから働く現地人を見る機会がないのですよと教えてやった。
マレーシアのテイオマン島のダイビングショップのアイドルネコ
 
友達になった職人や絵描きは、早朝5時前後に起きたらコーヒーを飲みながら仕事し、昼11時くらいに朝めし兼の昼めしをとり、長い昼寝のあとにマンデイ(水浴び)をしてから、午後の仕事をしていた。
 
「朝飯前の仕事」とは、日本の庶民がこんな生活をしていた時代の言葉だったのだと知った訳。
ラオス南部のレストランの飼い猫
 
昼寝にてきした場所探しは、ネコに学ぶのがいちばん!
 
 

ゴールデンテンプルで食ったカレーは懐かしい小豆粥の味だった・・・映画「聖者たちの食卓」

2021年02月12日 08時57分37秒 | 旅先にて
見逃していたドキュメンタリー映画「聖者たちの食卓」をアマゾンプライムで発見して歓喜。
インドの北西アムリトサルにシーク教の総本山ゴールデンテンプルがあり、毎日10万人の信者たちに無料の食事をふるまっている。
 
無料とはいっても、各自が懐具合に応じたお布施をする訳で、食事作りもすべてボランティア。その舞台裏をナレーション無しで淡々と記録した映画。
 
シーク教はカースト差別を嫌いイスラム教の教義を取り入れてヒンドゥー教から分派した宗教で、平等・博愛を教義にしているから外国人の旅人でも食事を出してくれるのだけど、ここのカレーが感動的に美味いのです。
 
私が訪ねた時は、薄い塩味に丁子(クローブ)が効いたウラッド・キ・ダル(緑豆)のカレーだったが、子供の頃の建前の時に振舞われた小豆粥によく似て、滋味溢れる懐かしい味だった。
 
今は廃れたようだけども、糸魚川地方では建前の振舞いで屋根から餅を撒いた後に、親類縁者や近所の人たちが骨組みだけの家の中で小豆粥を食う風習があったのです。懐かしい味。
 
旅に出られないから、この映画で気分はインドへ!

 


浅草芸人御用達の喫茶店・・・ピーター

2018年12月19日 21時03分16秒 | 旅先にて

上京すると必ず寄るのが西浅草の路地裏にある喫茶店ピーター。

ピーターに入るなり「おばちゃんのカレー大盛り!」と注文するが、普通盛りでもかなりなボリュームでたったの630円。大盛りでも50円増し。

安くてボリュームがあるだけでなく、たいへん美味い昔ながらの喫茶店のビーフカレーだから、売れない浅草芸人の強い味方でもある。

ピーターから徒歩10分弱で、現在は演芸専門ホールになった東洋館があり、ここはかって萩本欽一やビートたけしを輩出したストリップ劇場「フランス座」。

東洋館と同じビル1階にあるのは浅草演芸ホール。この日の夜席のトリは大好きな柳亭市馬師匠で、得意ネタ「掛け取り美智也」が聴けたかも。


この日も東洋館の出番を終えた林家ペーさん一行が大騒ぎした直後に訪れたそうだが、こんな浅草芸人さん御用達の店で「タケシが売れない頃さぁ・・・」と主人から芸人列伝を聞けるのも楽しい。

銀座線「田原町駅」の改札で、林家正蔵師匠とバッタリ。

上野鈴本演芸場では、某野党の幹事長が観に来ていた。

夏には小泉進次郎が来ていた。

無名のヒスイ職人も有名な政治家も、寄席ではただの聴衆。

下町は人間くさくっていいや。


武四郎の導き・・・北海道バイクツーリング

2018年08月12日 07時59分26秒 | 旅先にて

18日間に及ぶ4,000キロの北海道バイクツーリングが終わって帰宅した。

旅の間、アイヌの方々に随分とお世話になり、武四郎の導きとしか思えないことが何度かあった・・・ハマナス。

 

雰囲気のよさそうな神社にバイクを止めて休憩していたら、私がタバコを吸っていた東屋の横に「武四郎宿営地」の看板があったり、別件で訪れた家の横にも「武四郎宿営地」の案内看板があったりなどなど。

もっと凄いのは、アイヌ文化を調べるために屈斜路湖のコタンに行った時。

北海道には漢字表記やカタカナ表記のコタンという地名が幾つかあるが、アイヌ語で村という意味で、古くから集落があったということだろう。

 

知り合ったアイヌ女性から、是非とも会わせたい人がいると紹介されたのが、たまたま当地を調査で訪れていた松阪市の「松浦武四郎記念館」の前館長の高瀬先生。

松浦武四郎記念館の前館長の高瀬先生はアイヌの古老のような立派な風貌の紳士で、毎年、北海道に調査に来ているのだそう。

 

高瀬先生には、武四郎が大首飾りを作った意図と、21世紀に大首飾りを作る意義について想う処を聞いて頂いた。

武四郎が明治期に大首飾りを作ったのは、生来の好事趣味だけで玉類を連ねたのではないのではないか?

江戸期に松前藩ならびに場所請合い商人から略奪・収奪・暴力・凌辱を受けていたアイヌの実情を命がけで世間に訴え、明治になってもその境遇は変わる事は無かったことへの憤り、無念、力になれなかったアイヌへの惜別と哀悼、鎮魂の想いから、アイヌ女性が儀礼の際に身に付けるタマサイ(首飾り)をイメージして作ったポロ・タマサイ(アイヌ語で大きな・首飾り)こそが、大首飾りの秘められた意図ではないか?

北海道の公共施設や観光施設では、武四郎の企画展のポスターが至る所に張られていた。北海道博物館にて

 

ヒスイ職人としての私の立場からすると、カタチと寸法をなぞって作るだけなら単なるコピーだが、それでは「のようなモノ」で終わってしまう。

武四郎生誕200周年は、折しもアイヌがアイヌモシリ(人の大地)と呼んでいた土地を、和人が蝦夷地から北海道と勝手に呼び変えてから150周年の節目でもあり、その記念式典の目玉企画として大首飾りの複製を依頼されたのだが、「のようなモノ」を作っては武四郎が泣く。

道制開始150周年を祝祭イベントで終わらせるのではなく、今一度、アイヌ民族への謝罪と哀悼の念を表明する機会として、「平成の大首飾り」はその象徴のポロ・タマサイとして作られてこそ、武四郎の望む処ではないか?

高瀬先生は、青臭い素人の私の訴えをじっと聞かれて、最後に力強くハグして賛同してくれた。

大型台風が本土を直撃していた頃、北海道は快晴続きで、私は屈斜路湖畔の無料露天風呂でノンビリ・・・申し訳ない

 

これでモヤモヤしていたものがスッキリした・・・私が作るべきは鎮魂のポロ・タマサイ!

高瀬先生にハグされて、旅の目的は半分果たせたようなもの。

近頃、武四郎に顔立ちが似てきたと人に言われるようになった・・・はやく帰って大首飾りの続きを再開したくなった。

クッシーもいた・・・。

 

 


量り売りの駄菓子屋さん・・・稲荷町

2018年02月03日 08時03分57秒 | 旅先にて

浅草の田原町から上野駅に向かう途中が稲荷町。

落語で「稲荷町」「稲荷町の師匠」と言えば、林家木久扇さんの師匠、林家彦六のことで、彦六は生涯稲荷町の長屋住まいだった。

この地域は江戸時代から芸人が多く住む街で、取り分け稲荷町は戦災を免れた戦前の建物が多く残り風情がある。


年末に、稲荷町で今時珍しい量り売りの駄菓子屋さんを発見した・・・上野駅まで徒歩10分の距離!

看板は加賀屋とあるので、ご先祖は石川県出身か。

柿の種もガラスケースに入ると高級そうに見えるが・・・・安い!

奥に声を掛けると、ニコニコと愛想はいいが無口な主らしき老婆が出てきた。


200gを袋に詰めてもらったが、これが美味い。


スーパーで売っているカリントウとは明らかに違う昔ながらの素朴な味。


雑菌の繁殖が・・・なんて野暮な人はスーパーで買えばいい。
雑菌も人の温もりも味わい。


イルカの海と真脇遺跡

2017年09月06日 07時09分42秒 | 旅先にて

5回も体験会講師で各地に出歩いていた8月、最後の大阪での講師を終えて帰路に能登に寄った。

因みに体験会内容は、古武術式薪割り・忍者入門講座・素潜り・楽器つくり(2回)というもの。

さてなぜ能登に寄ったのかというと、奥能登に真脇遺跡(まわきいせき)というヒスイが出土している縄文遺跡があり、以前に訪れた時に真冬なのに海岸からイルカが泳いでいるのを見て、ずっと気になっていたのだ。

8月の能登島にはクラゲが沢山・・・ラッシュガードかウエットスーツは必要だ。

幻想的な風景

 

糸魚川では4~5月くらいに200~500m沖をカマイルカが西から北に回遊していくのが見えるのだが、彼らは夏を陸奥湾で過ごすのだと聞いた事がある。

ところがここ10年ほど前から、地球温暖化の影響か能登半島東側の能登島にイルカが定住したらしい。

そこで能登島のダイビングショップ「ドルフィンスマイル」さんのイルカウオッチのボートでイルカの海に案内してもらった。

漁師さんたちもイルカウオッチの船を出している。シーズンは5月から9月まで。漁船の手前にイルカの背びれが見える。

 

能登大橋の沖合にイルカがいた!

カマイルカより大型のミナミハントウイルカの12頭の群れ!

岸から50m、水深5~10mくらいのポイントでボートからエントリー。

ドルフィンスマイルのオーナーのアンさんが愛用するバラクーダーという長大なフィンが格好いい。

基本的に素潜りでのイルカスイム・・・幻想的なクラゲとアンさんのバラクーダフィンが優雅にしなる光景を撮影していたら、イルカが出る前にバッテリーダウン(笑)2泊3日の旅のクライマックスで撮影できないという失態。

 

体長2~3mのイルカが、触れるほど近くを泳いでく。

糸魚川から車で時間少しでイルカと泳げる海がある事に感動した。

能登島から70キロ北に位置する真脇遺跡の縄文人達は、追い込み漁でイルカを大量に獲っては食っていた事が知られるが、彼らが食っていたイルカは6割がカマイルカでミナミハントウイルカも少しは食っていたらしい。

温暖化は深刻だが、能登のイルカはほんの少しの見返り。

 

 

 


いいぢゃないか、大衆食堂!・・・大津市の白ひげ食堂

2016年11月03日 07時53分39秒 | 旅先にて

しばらくゴタゴタしいていて休んでいた、毎月末に京都で行われている整体協会の稽古会参加を再開した。

北陸自動車道を利用して、敦賀インターから一般国道に出て琵琶湖の西側をひた走るのだが、楽しみは白ひげ食堂での昼飯だ。

琵琶湖の湖畔に鎮座する、白髭神社赤い鳥居が見えてすぐの南側の緩いカーブにその店はある。

菅原文太主演の大ヒットシリーズ映画「トラック野郎」に出てきそうな、典型的な大衆食堂のドライブインだ。

昔ながらの国道沿いの大衆食堂で、広い駐車場に長距離トラックや営業用ライトバン、タクシーが何台か止まっているから、安くて美味いに決まっている。

日替わりのお惣菜を選べるのがいい。

 

この日の縄文人(見習い)セレクションは、ミンチカツとご飯大盛り。これで八百円也!

 

食った後にオバチャンに食ったものを申告するシステム・・・年季の入ったソロバンで計算してくれるのもいい!

 

今回は滋賀名物の「飛び出し坊や」がサービスショット!大津の看板屋さんが考案して全国に広まった「飛び出し坊や」は、この付近の道路に至る所に立っていて「滋賀に来たぁ!」、と否応にも旅情を高めてくれる(笑)

 

コンクリートの床にプリント合板の壁、デコラ張りのテーブルとビールメーカーのロゴが入ったガラスのコップ、壁には生ビールを持った水着タレントのでっかいポスター、そして元気いっぱいのオバチャンが看板娘。

小上がり(小さな畳敷きの席)も忘れてはならないアイテムだし、椅子席であっても男ばかりの客は椅子に胡坐をかいて座る。

これぞ正しい大衆食堂!

私はこんな食堂が大好きなのだが、どの店も店の人も客も高齢化・・・あと10年で激減するのだろうが、寂しい限り。


インドで3ウエーヘルメット発見!・・・頭上運搬について考える

2016年08月24日 08時10分07秒 | 旅先にて

頭上運搬とは、文字通り頭の上に荷物を載せて運搬する方法だ。

南インドの漁村にて

 

日本ではあまり見かけないが、かっては大原女(オオハラメ)が京の街に頭上に載せた花を売り歩いていた。

宮本常一の考察では、瀬戸内の急峻な地形地帯では近年まで頭上運搬がされており、アップダウンの激しい地形ゆえに頭上運搬が適しているらしいとの事。

ところが東南アジアやインドでは今でも日常風景。

インドの駅では頭上運搬するポーターさんがいる。道が凸凹している事もありカートが不便なんだろうか?カートを導入するより人件費の方が安いからか?

 

インドのチェンナイ(旧マドラス)で頭上運搬できるヘルメットを被っている女性を見つけてひっくり返った事がある。

インド中歩き回っても頭上運搬仕様ヘルメットはチェンナイのこのビル建設現場でしか確認できていないので、当該ゼネコンさんオリジナルの支給品かも知れない。一般的には竹製のザルに建築資材や廃材を載せて頭上運搬している。

左の男性は普通のヘルメットなので、頭上運搬仕様ヘルメットは、運搬作業員だけに支給されているのかも。

 

この女性達は黄色いサリーを着ている事から、頭部保護の他に頭上運搬、そしてカラーコーディネートする上でのお洒落グッズでもあるのですわ。

すなわち、3ウエーヘルメットという訳だ(笑)

まてよ・・・頭頂部の頭上運搬システムに水を入れればコップにもなりますな・・・緑に塗って水を入れればカッパのコスプレもできるぞ(笑)

とにかく多機能である事は間違いない!