た・たむ!

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無計画な死をめぐる冒険 154

2009年06月17日 | 連続物語
 彼らが門に姿を現せた。まずは、笛森志穂! 私を殺害した娘。憎らしいほどに愛らしい娘。老松となって以来、どれほど彼女の出現を待ち望んだことか。そうだ、この顔、この背格好。灯籠のように静かなこの気配。暗褐色のコートにかたく包み隠しているのは、汝の身体か、それとも汝の計り知れぬ心か? 人形のような白い顔に、意志はあっても表情はない。寒風を浴びてわずかに薄紅が頬を染める。うなじまでの黒髪が柔らかくそよぐ。笛森雪音に生き写しの娘。
 後に続いて、人参皮むき器のような顔が覗いた。藤岡である。隣に並べれば、食べる料理も飲む酒も不味くする不細工な顔。一緒にいるとどうしても悪態をつきたくなってしまう面構え。私は背中に鈍器を受けたような衝撃を覚えた。でもなぜだ。なぜ藤岡が志穂と一緒にいるのだ。
 藤岡はどこの大学でも必ずいる、才能のない万年助教授である。大いなる誤解であるが、彼は、私のせいで教授になれないと思い込んでいた。必然、私を怨んでいた。私が死んでようやく彼も、自分が昇進できないのは私のせいでも、誰のせいでもなく、己が無能のせいだと気がついたことであろう。もちろん奴は今後とも埃を被った助教授であり続けるだろう。その藤岡が今、周りをはばかりながら志穂のうしろについてくる。動揺している。なるべく早く引き返したいという表情である。
 一方で、笛森志穂は決然としている。一つ一つの造作を確かめるように、ゆっくりと屋敷を見渡す。ここは因縁の場所のはずだ。半年前、私の葬儀に訪れ、私を見て悲鳴を上げて逃げ出した場所である。母親譲りの二重のくっきりした、罪深き麗しき眼よ。そちは何を思いながら犯行現場をねめ回すのか?
 人参皮むき器は気が気でない。

(つづく)
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