怒りに赤面した三十八の女は、その機を逃さなかった。どこにそんな力が隠れていたのかと思われるほど強く私を押しのけ、車のドアを開けて外に転がり出た。文字通り、転がり出たのだ。
彼女の開け放ったドアから、大きな風が車の中に舞い込んだ。砂塵に私は思わず目を閉じた。目を閉じたまま彼女の名を叫ぶ。そんな私を拒むようにドアが乱暴な音を立てて閉まったのは、風のせいであろうが、そのときの私には悪魔の仕業かと思われた。私は運転席側のドアを開け、つんのめるようにして車の前を回りこみ、雪音の前に立ちはだかった。(私が望んでいた別れ方は、こんな風ではない。)
息が荒れる。砂が足に重い。
空を流れるのは海鳥である。
足元を這うのは雪音である。
笛森雪音は流木のように汚らしく砂にまみれていた。頬の砂は流した涙のせいであろう。彼女は立ち上がれなかった。私が心ならずも引きちぎったスカートのボタンの箇所を手で押さえ、銃口を突きつけられた負傷兵よろしく砂浜を後ずさりした。
まったく、兵士が殺される直前に敵を睨むように、雪音は私を見上げていた。
(つづく)
彼女の開け放ったドアから、大きな風が車の中に舞い込んだ。砂塵に私は思わず目を閉じた。目を閉じたまま彼女の名を叫ぶ。そんな私を拒むようにドアが乱暴な音を立てて閉まったのは、風のせいであろうが、そのときの私には悪魔の仕業かと思われた。私は運転席側のドアを開け、つんのめるようにして車の前を回りこみ、雪音の前に立ちはだかった。(私が望んでいた別れ方は、こんな風ではない。)
息が荒れる。砂が足に重い。
空を流れるのは海鳥である。
足元を這うのは雪音である。
笛森雪音は流木のように汚らしく砂にまみれていた。頬の砂は流した涙のせいであろう。彼女は立ち上がれなかった。私が心ならずも引きちぎったスカートのボタンの箇所を手で押さえ、銃口を突きつけられた負傷兵よろしく砂浜を後ずさりした。
まったく、兵士が殺される直前に敵を睨むように、雪音は私を見上げていた。
(つづく)
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