「雪音」
「もっと早くそうしたらよかったのよ。そうでしょう?」
「雪音」
空気を入れ替えるべきであった。車内はもはやどうしようもないほど暑くなってきていた。私の声は震えていたはずだ。本性の私は永遠に大人にも子供にもなれない。獣にしかなれない。忽然と沸き起こる欲望を意識しながら、私は自分をどうしていいかわからなかった。
気がつけば、獣の手は女の細い腕を鷲のごとく掴んでいた。
「痛い」
蒼褪めておののく顔を、強引に引き寄せた。
「嫌」
「雪音」
「何をするつもりなの。別れるんでしょう、私たち」
私は暴れる彼女の両腕を抑え、自由を奪った。正にケダモノである。畜生である。それが私のいつものやり方であった。ただそれまでと決定的に違うことは、彼女が泣きながらあらん限りの力で抵抗したことであった。
「やめて。別れるんでしょう。それなのに、こんなの酷過ぎる」
私は彼女の両手を掴んだまま座席を倒した。
「酷い。それって・・・私って、やっぱりただのおもちゃなの」
鈍い音がした。私の手の平が彼女の頬を張ったのだ。手の平の痛みを感じてようやく、私は自分が彼女をぶったことを認識した。彼女が私をぶったのではなく、私が彼女をぶったのだ。だがそのときの私にはどちらでも同じことであった。獣は続けて彼女のデニムスカートのボタンをもどかしく外しにかかった。懺悔する。私は雪音の悲劇に興奮していた。ずっと、彼女と出会ってからいつでもそうではなかったか? 私の愛はそういうものでしかあり得なかったのではないか? それに愕然とする理性的な自分が、しかしながらまだどこかに残っていた。私は手を動かしならもうろたえた。彼女の頬を張ることで、私は彼女の懐疑に肯定の答えを返してしまったのだ。違う。雪音よ、違う。お前は────上手く言えない。しかし決して、おもちゃではない。
当然ながら一連の動作のため、鉄枷のような私の手は彼女の腕から離れていた。その上、私自身の戸惑いがあった。雪音がかつて見せたことのない憎悪の目で私を睨んだせいもあったろう。一瞬の怯みであった。
(つづく)
「もっと早くそうしたらよかったのよ。そうでしょう?」
「雪音」
空気を入れ替えるべきであった。車内はもはやどうしようもないほど暑くなってきていた。私の声は震えていたはずだ。本性の私は永遠に大人にも子供にもなれない。獣にしかなれない。忽然と沸き起こる欲望を意識しながら、私は自分をどうしていいかわからなかった。
気がつけば、獣の手は女の細い腕を鷲のごとく掴んでいた。
「痛い」
蒼褪めておののく顔を、強引に引き寄せた。
「嫌」
「雪音」
「何をするつもりなの。別れるんでしょう、私たち」
私は暴れる彼女の両腕を抑え、自由を奪った。正にケダモノである。畜生である。それが私のいつものやり方であった。ただそれまでと決定的に違うことは、彼女が泣きながらあらん限りの力で抵抗したことであった。
「やめて。別れるんでしょう。それなのに、こんなの酷過ぎる」
私は彼女の両手を掴んだまま座席を倒した。
「酷い。それって・・・私って、やっぱりただのおもちゃなの」
鈍い音がした。私の手の平が彼女の頬を張ったのだ。手の平の痛みを感じてようやく、私は自分が彼女をぶったことを認識した。彼女が私をぶったのではなく、私が彼女をぶったのだ。だがそのときの私にはどちらでも同じことであった。獣は続けて彼女のデニムスカートのボタンをもどかしく外しにかかった。懺悔する。私は雪音の悲劇に興奮していた。ずっと、彼女と出会ってからいつでもそうではなかったか? 私の愛はそういうものでしかあり得なかったのではないか? それに愕然とする理性的な自分が、しかしながらまだどこかに残っていた。私は手を動かしならもうろたえた。彼女の頬を張ることで、私は彼女の懐疑に肯定の答えを返してしまったのだ。違う。雪音よ、違う。お前は────上手く言えない。しかし決して、おもちゃではない。
当然ながら一連の動作のため、鉄枷のような私の手は彼女の腕から離れていた。その上、私自身の戸惑いがあった。雪音がかつて見せたことのない憎悪の目で私を睨んだせいもあったろう。一瞬の怯みであった。
(つづく)
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