た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

無計画な死をめぐる冒険 63

2007年01月07日 | 連続物語
 大仁田が美咲の手を取って立ち上がらせた。情緒不安定と見てこの部屋を退出させるつもりらしい。美咲は力なく立ち上がり、多少ふらつきながらも大仁田の誘導に従う。何のことはない。この容疑者第一号は叫ぶだけ叫んで、後は一切説明なく逃げ出す所存である。無責任極まりない。つくづく思うが、日本にはこの手の輩が多くていかん。
 渡り廊下に通じるガラス障子ががたがたと震えて閉まり、注目の女が消え、座は一層白けた。
 雨音が残された愚者たちの絶句を笑っている。
 毒気を抜かれた面の大裕叔父は、泥鰌ひげを指で摘んだ。
 「個人主義なんてどうでもいいってえのは確かだな」
 「あら、叔父さんが興味があるって言って引っ張ったんじゃない」
 「興味はあるが、聞いてみたらやっぱりどうでもいいもんだということがわかった。単なる家庭内暴力なんだ。それを個人主義なんてえ高尚な言葉で呼んでみたところで仕方ねえ。邦広のは単なる我が儘なんだよ」
 「ですから個人主義は我が儘なんです」
 唐島は気色ばむ。
 叔父は奥歯に詰まったするめを指でほじくる。
 「そうか個人主義は我が儘か。それなら現代は個人主義だと言われても仕方あるめえな。何しろ現代人はみんな我が儘だもんな」
 「ええ、そうでしょう」
 「だったら現代は我が儘だと、そう言やあ済むことじゃねえか」
 大裕叔父と唐島の議論は水掛け論の様相を呈してきた。どちらかと言えば唐島に、彼が珍しく私に好意的に思えるだけに奮闘して欲しいとも思うが、何かと言えば一般論で話そうとする彼の癖も、鼻につくと言えば鼻につく。美咲に怒鳴られて彼は赤ら顔をさらに赤く染めている。叔父はあくまでも場を掻き混ぜて愉しんでいる。いかんせん二人とも酔っ払いである。

(つづく)
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