た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

無計画な死をめぐる冒険 127

2008年05月11日 | 連続物語
 玉屋!
 打ち上げ花火ではなく、それは私であった。豆粒のように軽々と、私は空高く持ち上げられた。トムとジェリーだってこれほど派手な仕打ちは受けたことがあるまい。何しろ凄まじい勢いであったので、何が持ち上げているのか確かめることさえできなかった。
 どこまで上昇したろうか。ふと周囲の空が動きを止めた。背中が自由になり、私はようやく体勢を整え、憤りつつ私を拉致した者を見据えた。私の目の前には鬼がいた。

 存在者は典型に押し込められる。典型とは頭の中の鋳型である。鋳型は言葉が作る。スパナの穴に合う形でナットの種類が識別されるように、存在者の種類は我々の脳裏にある言葉の数で制限される。
 人間という言葉がある。我々は想像を絶して多種多彩な存在物であるはずだが、誰もが人間をはみ出すことを許されない。もちろん私のような霊的存在は人間としては扱われない。
 愛という言葉がある。男が女に、女が男に対して抱く思いは千差万別である。人はそれを一緒くたに愛として理解する。愛の言葉に相応しくなければ、もはや愛に近いものとしてすら見なされない。
 そして鬼という言葉。私は今目の前に立つ異形の存在を、鬼と言った。鬼と形容するのが相応しいと思ったからである。実際には、彼が何なのか想像もつかなかった。真っ赤に染まった憤怒の形相をしている。見開いた目玉は飛び出しそうである。鎧の様な派手な衣装を身に纏ったところは、東大寺の仁王像を思わせる。しかし天女の衣のような帯の代わりに、薄平たく細長い黄金の刃が幾つも背中に刺さっている。兜を被る頭に角は見当たらなかったが、全身から漲る怒りの感情は、まさに鬼のそれである。
 私は鼠のように萎縮した。

(つづく)
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