た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

無計画な死をめぐる冒険  155

2009年06月17日 | 連続物語
 「こんなところに突っ立っているのを見られたら、それこそ疑われちゃうよ」
 白い吐息が一つ、女の口から流れた。
 「どうせもうすぐ捕まるんです」
 「そん、そんな、そんなことはない」
 「でも警察はずっと私を付け狙ってるし。もう、何だか疲れました」
 「笛森君、だから私を信用してくれないかなあ」
 藤岡は志穂の背後に寄り添う。
 「だからさ、私の研究室に来て君が尋ねたことは、私しか知らない事実なわけだよ。私しか。私の出方次第で・・・も、もちろん、もちろん君は何一つ、警察に疑われるようなことは私に尋ねていない。いない。いないけどさ」
 女の自分を見る目に、藤岡は慌てて訂正を入れた。「だけど、ほら、私の所にもすでにけ、警察が来ている。二月四日の君の行動を調べに。わかるだろう? ね? 私は何とでも答えられるわけだ。それなのに、私は必死で、必死で君をかばおうとしているんだよ。それもそろそろ限界に近い。ね、私の言うことを聞きなさい。だからもう行こう」
 笛森志穂は、弱みを握られている人間特有の、憎々しげだが力ない視線を男に投げかけた。
 すぐに視線を屋敷に戻す。
 「犯罪者は、犯行現場にもう一度戻ってみたくなるんですってね」
 「笛森君」
 「私が警察に自首したら、藤岡さんも捕まるんでしょう?」
 「な、な、な、何を言うんだ」藤岡の狼狽ぶりは甚だしい。「私は君に、宇津木教授の住まいを教えただけじゃないか」
 「教授が在宅の日と、不在の日、それに、学生のふりをしても気づかれないことを教えてくださいました」
 「ちょっ、ちょっと笛森君。いい加減にしたまえ。君はひ、人の親切を、あだで返すつもりかい」
 女の白い息は、ため息である。
 「安心してください。私だけです」
 遠い記憶を見つめるように、二重瞼は屋敷を見つめた。
 「私だけです。手を下したのは」



(こちらはこちらでつづく)
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