(ムクドリの巣立ち)
先日、近所の小父さんに呼び止められた。
「お宅の戸袋のあたりにムクドリが巣を作っているみたいですよ」
見上げると、二階の小庇の上に虫をくわえたムクドリが周囲の様子を窺っている。
「ほう・・・・」
自分の家のことなのに、ぼんやりしていたことを指摘されて、内心あわてたような思いがあった。
同時に、よその人はよく観察しているものだと、自分の日頃の無防備な生き方を思い知らされた。
「ハハ、われわれのことを気にして、躊躇しているみたいですよ。ちょっと隠れてみませんか」
小父さんは、気さくな物言いでぼくを促した。
この人とぼくとは、たぶん同じような年齢だと感じている。
女性のように長話をすることはないが、時どき顔を合わせると季節の花を話題に短い会話を交わすことがある。
「おっ、ほんとだ、動いた」
二人がミモザの葉に隠れると、まもなく親鳥はツツッと滑るように小庇の陰に消えた。
にわかに戸袋のあたりから、ヒナ鳥のものらしい声がした。
二羽か三羽ぐらいはいそうな声の重なりだった。
ぼくと小父さんは、思わず顔を見合わせた。
秘密を共有したような喜びが表情に表れていた。
こんなワクワクした感じは子供のころ以来だ。
リタイアして何年もたってから、新たな友だちを得たような昂揚感を味わった。
「いやあ、教えてもらってよかった。全く気づきませんでした。それにしても、いつ頃からあんなところに巣を作ったんだろう?」
「どうでしょう。しかし、鳥にとっては、カラスや蛇からヒナを守れる絶好の場所なんじゃないですか」
「そうですか、じゃあもうしばらく巣立ちを待つしかありませんね」
小父さんは、ぼくの言葉に安心したのか、にこっと笑って引き上げて行った。
普段は倉庫代わりにしていた部屋を覗き見る気になったのは、やはりムクドリの子育てが気になったからだ。
椅子やら机やら旅行鞄やら、外国に行ったままの娘の持ち物の他、ぼくのガラクタ類、本などが段ボールのまま積み上げてある。
足の踏み場をつくりながら窓に近づくと、ちょうど小庇に親鳥が降り立ったらしくギーギーという呼びかけに応えてビービーと声がした。
(おや?)
変だなと思ったのは、ヒナの鳴き声が聞こえた戸袋の底は、親が止まった小庇の位置から大分離れていたからである。
ちょうど、戸袋のてっぺんと底の部分までの距離がある。
(こんな場所から、給餌できるのだろうか)
一歩下がって耳を澄ますと、ヒナ鳥の鳴き声は戸袋の裏側、即ち部屋の壁板の近くから聞こえるのだ。
(こりゃあ、大変だ・・・・)
異変を察知したぼくは、すぐに行動を起こした。
窓を開け、雨戸を引き出そうと引っ張った。
すると、木の雨戸と一緒に藁くずのようなものが出てきた。
レールの上には、黒くなった木の実も転がり出ている。
明らかにムクドリの営巣場所があったことはまちがいなかった。
(やってくれたよ・・・・)
半ば諦めの心境で、一枚を完全に引き出した。
雨戸の裏側には、桟を足場にして何層もの固まりができている。
ぼくは、あらかじめ用意しておいたゴミ袋に藁だか枯れ草だか分からないものを掻き出した。
よくぞこんなに詰め込んだものよと呆れるほど、大量のゴミが大袋に溜まっていった。
しかし、作業はそれで終わったわけではない。
もう一枚の戸を引き出してみなければ、戸袋の中の全容が分からない。
ぼくは、もう木造の雨戸は要らないと判断して、なんとか敷居から外して下の庭に投げ落とした。
二枚目の戸も同様に着地させた。
庭の植木を傷つけることなく、無事に始末が済んだ。
ほっとしたところで戸袋の中を覗いてみると、奥の方に残っている巣の残骸の中にヒナの姿が見えない。
(やっぱりここじゃないんだ)
当初からの疑いが頭をもたげた。
とすれば、いよいよ部屋の壁と戸袋を仕切る板との空間しか考えられない。
ぼくは思い切って、仕切り板にマイナスドライバーを差し込んだ。
メリッと音がして、板が剥がれる。
途端に、それまで鳴りを潜めていたヒナ鳥の声がやかましくなった。
やっぱり、壁との隙間に閉じ込められていたのだ。
さらに二十センチほどこじ開けると、差し込んだ光の先にピーピーと泣き叫ぶヒナのくちばしが見えた。
「おお、よかった・・・・」
鳴き声ばかりのときは不安だったが、姿を見た瞬間なんともいえない悦びが湧いてきた。
だが、このヒナはまだぼくを安心させてくれなかった。
光を目指して脱出しようとするのだが、壁と板との仕切りを支える木枠があって、ヒナは二本の細い柱から首だけ出してもがいているのだ。
こうなったら、ヒナが引っかかっているあたりまで板を剥がさなければならない。
ぼくは、カッターナイフで板に傷をつけ、トンカチの釘抜き部分を差し込んで一気に引き剥がした。
大きな光の領域が、ヒナの周辺を照らした。
「ほら、早く出て来い」
すると、柱の間に首を突っ込んでいたヒナ鳥が、方向転換をして戸袋の方へ這い上がってきた。
目が見えるのかどうかも分からないが、ともかく光を感知してピーピー、よたよたと這い出してくる。
そのとき、どこかからギーッという鳥の声がしたが、ぼくは急いで部屋のガラス戸をしめ、ヒナ鳥の様子を窺った。
ヒナ鳥は、しばらく戸口でためらっていたが、近くの電線からギャー、ギャーと呼びかける声に反応して、敷居の上を足早に通り過ぎた。
(ああ、親鳥はずっと見守っていたんだ)
親鳥だけでなく、先に巣立ったらしい若鳥が二羽、バサバサと百日紅の枝に飛び移ってきて兄弟(妹)の行動を促している。
ほどなく、戸袋からの脱出者が百日紅の枝先に飛び移った。
おぼつかない、低い飛翔だったが、道路際の枝へと歩を移し、寄り添ってきた家族とひと塊になりながら、隣家の樹の茂みに紛れたようだ。
その後のことは分からない。
家族水入らずで、どこか安全な場所に移動したと思いたい。
ボロ家とはいえ、ぼくも家の一部を壊したのだから、この一家にはしあわせになってもらわなくては・・・・。
もっとも、戸袋からよたよた出てきたヒナ鳥をこっそり盗撮したのだから、元は取ったというべきか。
翌朝、駐車場へ通じる扉を開けたとき、東側の空からギーッという声が降ってきた。
見上げると、かなり離れた電線の上に三羽のムクドリが止まっていて、首をそろえてぼくの方を見ていた。
まさか、昨日の一家では・・・・と、都合のよい解釈に苦笑しながら、ぼくは思わず片手を挙げて挨拶した。
(ガモジン)様、パソコンに向かいながら、雀の子育てを眺めているんですね。
小鳥たちは、それぞれ知恵を働かせて、もしかしたら人間の反応の仕方まで計算しているのかもしれません。
できたら、正面のお隣さんの様子とあわせて、雀の巣立ちなども教えていただければ嬉しいのですが・・・・。
(知恵熱おやじ)様、この歳になってのワクワク感、一緒に感じていただき嬉しかったです。
もしかしたら間に合わないかと思った写真も撮れて、このめずらしい経験に真実味を与えてくれました。
ラストシーンのムクドリは、昨日の一家だったはず・・・・と、今でもぼくは信じています。
パソコンに向かいながら、ときどき眼を移すのですが、巣立ちが見られるのは奇跡でしょうね。
椋鳥は、夕方電線に、それこそ鈴なりにとまっています。
子供のころはたしかに誰でもそんな感覚に覚えがあったはずですが、大人になってしまうともうめったに出合えない・・・そんな瞬間ですね。
椋鳥の子がとんでもない状態にあるらしいことを察してすぐさま救出行動を起こす窪庭さんの、命に寄せる真剣な眼差しが快く嬉しかったなあー。
小父さんの様子も新鮮ですし、久し振りに少年の頃の感覚を思い出させていただきました。
椋鳥の親子らしい3羽が揃って挨拶に来たらしいラストも、決まりすぎといってもいいほどの決まり方で、めったに出合えないような実話だからこその真実味を感じました。
いい話を愉しませていただきました。
(自然児)様、説明不足ですみません。
画像のムクドリが戸袋からの脱出者なんです。
大きさは親鳥とあまり変わらないのですが、羽毛や羽根の艶のなさは、幼鳥の特徴のようです。
それからもう一つ、巣立ちの場所は東京郊外のわが家で、北軽井沢ではありません。
どっちでも大差ないのですが、一応ムクの現住所を明らかにしておいた方がいいかと思いまして・・・・。
紛れ込んでいたムクドリ一家との交情が、なんとも麗しい。
多分、一家は居住権を主張しているようだし、
家主側(人間)は少し困ったような様子、そんなのが小さなドラマとなって展開されていく。
その観察眼の細やかさと温かみが感じ取れました。
親鳥であろう画像も見事に捉えましたね。
こうして田舎での暮らしがつつがなく進んでいくようで、心温まる思いがしました。
年恰好の同じ隣人(?)との交流がまた、素敵に感じられました。