どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

芭蕉の名句鑑賞⑧ 『栗の毬』

2024-12-19 02:00:20 | 俳句

 〇 行く秋や手をひろげたる栗の毬

 今回は続・猿蓑からの一句である。

 kuri.jpg (33092 バイト)

 〈ウェブ画像からお借りしました〉

 

 芭蕉は伊賀の里の出身だけに栗の毬と伊賀の忍者のしがらみを掛けて解釈する方もいるようだ。

 確かに伊賀の人々の結束は固く、外部へ出ていくことは難しかったのではないかと想像できる。

 ただ、芭蕉は少年のころから江戸の俳諧に憧れていて、機会を見て江戸に行くことを考えていた。

 「奥の細道」の旅へ出立するのを機に一気に伊賀の里のしがらみからも解放されたいと願っていたのではないか。

 

〈余談だが、ぼくが伊賀へクルマで行ったとき、反対車線をかなりのスピードで追い抜いていく軽自動車があったので「おおッ」と驚いてたしかめると、麦藁帽の上からタオルを姉さんかぶりした女性だった。〉

 

 芭蕉は大人が投稿する俳諧誌にちゃっかり投稿していてすでに才能を知られていた。

 やがて俳諧師としての地位を固めた芭蕉は江戸に出て深川に庵を結びいったん生活を落ち着かせたあと、俳諧仲間にも会い「奥の細道」行脚の準備を進めた。

「行く春や鳥啼き魚の目に涙」〈生死の保証もない陸奥への旅に出立する芭蕉との別れを惜しむ弟子たちの様子を詠んだと言われている〉

 

 伊賀の里の人々も芭蕉の出立を引き留めて別れを惜しんでくれたが、芭蕉の受け止めは全く違っていただろう。

 猿蓑や続・猿蓑で近場での吟行を経験しておいた芭蕉の用意周到さには頭が下がる。

 周囲への地ならしも兼ねていたいたのだから・・。

 

 

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