黒田三郎
〈画像はウィキペデイア〉より
黒田三郎といえば、詩の芥川賞といわれるH氏賞を取った『ひとりの女に』〈1954〉が有名である。
東大経済学部卒という高学歴ながら、自分の弱さをさらけ出した詩風が共感を呼んだ。
妻の入院中、父娘2人の生活をうたった絶唱『小さなユリと』(1960年)で現代詩を誰にもわかる平明なものにした。
ほかに『時代の囚人』(1965年)など。
詩集『ひとりの女に』の中の「賭け」という一篇を読んでみよう。
五百万円の持参金付の女房を貰ったとて
貧乏人の僕がどうなるものか
ピアノを買ってお酒を飲んで
カーテンの陰で接吻して
それだけのことではないか
美しく聡明で貞淑な奥さんを貰ったとて
飲んだくれの僕がどうなるものか
新しいシルクハットのようにそいつを手に持って
持てあます
それだけのことではないか
ああ
そのとき
この世がしんとしずかになったのだった
その白いビルディングの二階で
僕は見たのである
馬鹿さ加減が
丁度僕と同じ位で
貧乏でお天気やで
強情で
胸のボタンにはヤコブセンのバラ
ふたつの眼には不信心な悲しみ
ブドウの種を吐き出すように
毒舌を吐き散らす
唇の両側に深いえくぼ
僕は見たのである
ひとりの少女を
一世一代の勝負をするために
僕はそこで何を賭ければよかったのか
ポケットをひっくりかえし
持参金付の縁談や
詩人の月桂冠や未払の勘定書
ちぎれたボタン
ありとあらゆるものを
つまみ出して
さて
財布をさかさにふったって
賭けるものが何もないのである
僕は
僕の破滅を賭けた
僕の破滅を
この世がしんとしずまりかえっているなかで
僕は初心な賭博者のように
閉じていた眼をひらいたのである
賭け好きのぼくもたじろぐ<破滅>を賭けられたのではシャッポを脱ぐしかない。
評判以上に図抜けた詩人だと思った。
作品
- ひとりの女に 昭森社, 1954
- 失はれた墓碑銘 昭森社, 1955
- 渇いた心 昭森社, 1957
- 内部と外部の世界 評論集 昭森社, 1957
- 黒田三郎詩集 ユリイカ, 1958 (今日の詩人双書)
- 小さなユリと 昭森社, 1960
- 現代詩入門 思潮社, 1961
- もっと高く 思潮社, 1964
- 時代の囚人 昭森社, 1965
- 黒田三郎詩集 思潮社, 1968 (現代詩文庫)
- ある日ある時 昭森社, 1968
- 詩の作り方 明治書院, 1969
- 黒田三郎詩集 昭森社, 1970
- 詩の味わい方 明治書院, 1973 (味わい方叢書)
- 悲歌 昭森社, 1976
- 黒田三郎詩集 昭森社, 1976
- 死と死のあいだ 花神社, 1979
- 死後の世界 昭森社, 1979
- 新選黒田三郎詩集 思潮社, 1979 (新選現代詩文庫)
- 赤裸々にかたる 詩人の半生 新日本出版社, 1979
- 流血 思潮社, 1980
- 黒田三郎日記 戦後篇 1-2 思潮社, 1980-1981
- 黒田三郎日記 戦中篇 1-4 思潮社, 1981
- 黒田三郎著作集 1-3 思潮社, 1989
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