巨大な石造りの椅子の上に極小の木製の椅子。
地上に散在する石には地層がある。
遥か見上げる構図・・・人の眼差しは低いところにある。というか石造の椅子は超巨大であって、人の存在は砂粒ほどという印象である。もちろん人が描かれているわけではないが作品を見ていると、鑑賞者はひどく収縮していく感を免れない。
地層が刻まれるほどの歳月、第四紀・新第三紀・古第三紀・・・何時の頃の石であるかは不明であるが、人類の出現以前であることは間違いない。
その大自然(億年の歴史)に比しての人類の伝説たる小さな椅子である。全くの笑止!
『世紀の伝説』は地球の成り立ち、≪遥か古(いにしえ)の条理の上に、吹けば飛ぶような人間の創った伝説がちょこんと乗っている≫そういう図である。
わたしたちが絶対と信じている人間が語り伝える伝説は、このようなものである。
大いなる大自然に眠っていた岩石の時間に上の、ほんの小さな出来事に過ぎない。
マグリットは伝説を否定しているわけではない。しかし、遥か頭上にあると思われる人間の信奉/伝説はこのようなものに過ぎない。惑わされることなく自然に抱かれ、確たる眼差しを持って生きるべきだと提示している。
これが『世紀の伝説』である。
(写真は国立新美術館『マグリット展』図録より)
地上に散在する石には地層がある。
遥か見上げる構図・・・人の眼差しは低いところにある。というか石造の椅子は超巨大であって、人の存在は砂粒ほどという印象である。もちろん人が描かれているわけではないが作品を見ていると、鑑賞者はひどく収縮していく感を免れない。
地層が刻まれるほどの歳月、第四紀・新第三紀・古第三紀・・・何時の頃の石であるかは不明であるが、人類の出現以前であることは間違いない。
その大自然(億年の歴史)に比しての人類の伝説たる小さな椅子である。全くの笑止!
『世紀の伝説』は地球の成り立ち、≪遥か古(いにしえ)の条理の上に、吹けば飛ぶような人間の創った伝説がちょこんと乗っている≫そういう図である。
わたしたちが絶対と信じている人間が語り伝える伝説は、このようなものである。
大いなる大自然に眠っていた岩石の時間に上の、ほんの小さな出来事に過ぎない。
マグリットは伝説を否定しているわけではない。しかし、遥か頭上にあると思われる人間の信奉/伝説はこのようなものに過ぎない。惑わされることなく自然に抱かれ、確たる眼差しを持って生きるべきだと提示している。
これが『世紀の伝説』である。
(写真は国立新美術館『マグリット展』図録より)