続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

マグリット『世紀の伝説』

2015-06-10 06:52:59 | 美術ノート
 巨大な石造りの椅子の上に極小の木製の椅子。
 地上に散在する石には地層がある。

 遥か見上げる構図・・・人の眼差しは低いところにある。というか石造の椅子は超巨大であって、人の存在は砂粒ほどという印象である。もちろん人が描かれているわけではないが作品を見ていると、鑑賞者はひどく収縮していく感を免れない。

 地層が刻まれるほどの歳月、第四紀・新第三紀・古第三紀・・・何時の頃の石であるかは不明であるが、人類の出現以前であることは間違いない。

 その大自然(億年の歴史)に比しての人類の伝説たる小さな椅子である。全くの笑止!

『世紀の伝説』は地球の成り立ち、≪遥か古(いにしえ)の条理の上に、吹けば飛ぶような人間の創った伝説がちょこんと乗っている≫そういう図である。

 わたしたちが絶対と信じている人間が語り伝える伝説は、このようなものである。
 大いなる大自然に眠っていた岩石の時間に上の、ほんの小さな出来事に過ぎない。

 マグリットは伝説を否定しているわけではない。しかし、遥か頭上にあると思われる人間の信奉/伝説はこのようなものに過ぎない。惑わされることなく自然に抱かれ、確たる眼差しを持って生きるべきだと提示している。
 これが『世紀の伝説』である。

(写真は国立新美術館『マグリット展』図録より)

『冬のスケッチ』133。

2015-06-10 06:34:29 | 宮沢賢治
四九
     灼の石灰、光のこな
     葡萄の葉と蔓とに降らす

     火雲飛び去れば
     わが小指ひきつる。


☆釈(意味を解き明かす)を告げる。
 解(部分部分に分ける)の講(はなし)を部(区分けする)。
 等(平等)が要である万(すべて)の講(はなし)は化(形、性質を変えて別のものになる)という運(めぐりあわせ)を秘(人に見せないように隠している)。
 己(わたくし)は、照(あまねく光が当たる=平等)を志している。

『城』1087。

2015-06-10 06:21:24 | カフカ覚書
お内儀さんの意見では、わたしの幸福ーそれは、眉唾ものの幸福だけど、とにかく現実にわたしが味わっている幸福ーその幸福が終るのは、あなたあクラムにかけていらっしゃるご自分の希望が徒労であったと最後的におさとりになった日だというのです。


☆なお言葉はわたしを幸福にします。価値を求めたにもかかわらず、予言者による現実の幸福ーあなたの希望が終わるのはあなたがクラム(氏族)にかけている自分の希望が無益であったと理解する日なのです。