続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

マグリット『選集』

2015-06-21 06:47:27 | 美術ノート
 この絵は何だろう。
 山頂に置かれたリンゴからあたかも葉が変形したように馬の姿が・・・。しかし、リンゴの軸から葉が出ているのを見たことがない。花が実になり、もぎ取る光景はお馴染みだけれど、そのとき葉なんか付いているはずがない。
 しかも、右に二枚ある葉はリンゴの葉にしては幅が狭いし厚く葉脈も異なる。オリーブの葉にしては横幅が広いが、むしろそれに近い。

 全く奇妙な絵と言わざるを得ない。
 天駆ける馬、ペガサスだとしても羽がない。馬が現実の大きさならば、リンゴは巨大であり、リンゴが現実の大きさならば、馬は極小である。

 リンゴが、禁断の果実/知恵の実ならば、天を駆ける馬やオリーブらしき葉は、語り伝えられた逸話としての想像であり、虚像である。
 空がピンクや黄味がかるなんてことは、有りそうで無いのではないか。しかも覗く空はグリーン系である。
 遠景の山々はなだらかで低山を思わせるが、樹木がない。樹木がないということは相当な高さの山のはずである。


 すべてが奇怪なのである。
 いくつもの奇怪(虚偽)の選集である。自然の理を否定したオブジェ(光景)があたかも誇らしげに空に届く高さに置かれている。
 しかし、置かれた地を見ると影が切れている、つまりは崖上の今しも落下を予想されるような位置に在るということである。 
 リンゴの上で飛び走ろうとする馬を見れば転げ落ちることは必至である。この瞬時の安定を留めている作品を『選集』と題している。
 嘘、偽り、妄想の選集である。決して永くは続かない不条理の世界をまとめた絵画空間である。

(写真は国立新美術館『マグリット展』図録より)

『冬のスケッチ』144。

2015-06-21 06:31:50 | 宮沢賢治
  ひとの崇敬は照り返され 
    日はしづみ
    屋根屋根に
    濫晶せきの粉末が撒かれ
    さびしくひるがへる天竺木綿
  ひとの崇敬はまた照り返され


☆枢(物事の重要なところ)の系(つなgり)の章(文章)は変(移りかわる)化(形、性質を変えて別のものになる)也。
 混(いっしょにまじる)也。
 混(まざったもの)を覧(よく見る)と、章(文章)は個(一人一人)を罰(こらしめたり)賛(称えたり)と展(物事を繰り広げること)が、軸(中心)になっている。
 黙って綿(細く長く続く)数(はかりごと)を継(つなげる)。
 章(文章)の片(二つに分けたものの一方)である。

『城』1998。

2015-06-21 06:18:22 | カフカ覚書
 しかし、Kは、態度であらわしたかぎりでは、そばに寄ってくることはならんぞと拳をあげておどかしただけであった。事実、助手は、おびえたようにかなりのところまであとずさりをしていった。


☆外面的には、Kの脳(知覚)は、拳を上げた先祖の威嚇のようだった。事実、脳(知覚)は、先祖の出来事を注視し、不安に動かされていた。