続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

『飯島晴子』(私的解釈)73

2020-07-01 07:33:15 | 飯島晴子

   寒晴やあはれ舞妓の背の高き

 舞妓さんの世界も厳しい状況にあるらしいが、思いがけず垣間見た、なんとまあ、すらりとした背の高い舞妓さんの姿に今は昔の感を覚えた。

 寒晴はカンセイと読んで、感性。
 あはれ(憐)はレンと読んで、恋。
 舞妓はマイ・コと読んで、邁、故。
 背はハイと読んで、輩。
 高きはコウと読んで、抗。
☆感性で恋を邁(進める)故に輩(友達)と抗(張り合う)。

 寒晴はカンセイと読んで、鼾声。
 あはれ(憐)はレンと読んで、連。
 舞妓はマイ・コと読んで、毎、己。
 背は、背。
 高きはコウと読んで、向。
☆鼾声(いびき)を連(続ける)、毎(そのたびに)己(わたくし)は背を向ける。


『飯島晴子』(私的解釈)72

2020-07-01 07:18:26 | 飯島晴子

   白緑の蛇身にて尚惑ふなり

 うす緑の蛇(青大将?)を見たが、蛇はご神体として崇められているから、どうしたものかと処しかねている。

 白緑はビヤク・ロクと読んで、媚薬、禄。
 蛇身はジャシンと読んで、邪心。
 尚はショウと読んで、妾。
 惑ふはワクと読んで、惑。
☆媚薬の禄(さいわい)、邪心の妾、(彼を)惑わせる。

 白緑はハク・ロクと読んで、薄、碌。
 蛇身はジャシンと読んで、邪神。
 尚はショウと読んで、償。
 惑ふはワクと読んで、湧く。
☆薄い碌(給与)にて邪神(貧乏神)に償いが湧く(発生する)。


『飯島晴子』(私的解釈)71

2020-07-01 06:51:58 | 飯島晴子

   目張鮨割つてわれらが国見かな

 目張鮨を割ってみると、高菜の漬物の葉が黒く輪郭を示している。この囲まれた領域こそ、わたし達の「国見」である。

 目張鮨はモク・チョウ・シと読んで、黙、帳、詞。
 割つてはカツと読んで、滑。
 われら(我)はガと読んで、賀。
 国見はコク・ケンと読んで、刻、験。
☆黙って帳(ノート)に詞(ことば)の滑(よどみなく言葉が出ておかしいこと)を俄(急いで)刻み、現す。

 目張鮨はボク・チョウ・キと読んで、朴、寵、姫。
 割つてはカツと読んで、闊。
 われら(我)はガと読んで、雅。
 国見はコク・ゲンと読んで、古句、現。
☆朴(すなお)で寵(特別に可愛がられている)姫は、闊(心が広く)雅(みやび)であると、古句に現れている。


R.M『深淵の花』③

2020-07-01 06:08:03 | 美術ノート

 非現実的な花である。山の形・質感も朦朧としていたり、硬質で滑降の勾配であり光沢があるという奇妙な非自然体である。
 どこにもない景色、見たことのない時空に咲く花の正体は比喩的に馬の鈴に置換されている。
 喜怒哀楽の様相に結びつくものはないが、馬の鈴の集合体はざわめく音量を潜ませている。馬の鈴は人の口を比喩的に表し、その集合は大きな威力に変貌していく。
 噂、陰口、陰謀の暗躍。少なくとも明るく陽気な世界ではなく、《陰》の時空である。

 棘を隠した肉眼では不可視のウィルス、存在は明らかなのに姿を見せず、死に至らしめるほどの攻撃力を孕んだX。
 マグリットは母を死に誘った根源の究明を計ったのではないか。この得体の知れない心の奥に棲む邪悪、決して正体を曝さないものへの静かなる怒りが『深淵の花』である。


 写真は『マグリット』展・図録より


『やまなし』21.

2020-07-01 05:58:56 | 宮沢賢治

 白い柔かな円石もころがつて来小さな錐の形の水晶の粒や、金雲母のかけらもながれて来てとまりました。


☆魄(魂)の自由を演べる。析(分けること)に頼る章(文章)である。
 推しはかり継(つないで)遂(やりとげる)。
 照(あまねく光が当たる)=平等)留める襟(心の中)を運(めぐらせている)。
 簿(ノート)を頼りにしている。


『城』3450。

2020-07-01 05:49:36 | カフカ覚書

わたしは、自分がこの地位に必要なさまざまな能力をもっていることを知っていました。それをはっきり信じていました。この確信は今でも持っています。誰も、この確信をわたしから奪いとることはできないでしょう。わたしの挫折の日であるきょうでも奪うことはできないでしょう。


☆わたしはこれらに不可欠の沈黙の能力を持っていることを確かに知っていました。これらは今なお、敗北ではないという確信があります。