続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

『飯島晴子』(私的解釈)少々の。

2020-11-04 07:10:54 | 飯島晴子

   少々の土龍の土も恵方かな

 土龍が地上を覗いた時の少々の土が龍の形をしていると言われているが、根拠があるような無いようなもので、信じるも信じないもあなた次第の恵方と同じである。

 少々はショウ・ショウと読んで、訟、証。
 土龍の土はド・リュウ・ドと読んで、努、隆、怒。
 恵方はケイ・ホウと読んで、形、放。
☆訟(訴え)を証(ありのままに述べること)に努める。
 隆(さかん)に怒りを形(露わにし)放つ。

 少々はショウ・ショウと読んで、衝、抄。
 土龍の土はド・リュウ・ドと読んで、努、立、度。
 恵方はケイ・ホウとt読んで、経、倣。
☆衝(重要なところ)を抄(書き写すこと)に努める。
 立(なりたち)を度(推し量り)経(つね)に倣(ならっている)。


R.M『絶対の探求』

2020-11-04 06:18:36 | 美術ノート

   『絶対の探求』

 地平線に沈むのか、地平線から昇るのか・・・太陽である。
 地球における絶対の条件は、《太陽ありき》に始まる。太陽との距離、大気(水)が地球を支えている。しかし、この太陽は朝焼けでも夕焼けでもない奇妙な態である。時空の決定を図りかねるように描いている。

 一本の異様に高く伸びた樹は、一枚の葉のような形態をしており、しかも透過する葉脈は地下にあるべき根である。一本の樹形に何本もの根(毛根)が出ており、一枚の葉の形状に切り取られている。
 岩(岩石)を割って伸びた一本の樹に葉を想定させる形はあるが、内実は樹の根であり、しかも平面状である。
 この樹と思われるものの存在と平らで大地のような形状の山岳(連山)。
 この樹は上からでも下からでもなく描かれており、鑑賞者はしばし中空に浮いたような錯覚を覚えるのではないか。視点の喪失である。

『絶対の探求』とは、通常わたしたちが習得した、あるがままの情報の集積である観念・常識を覆す全否定から見るべき光景にあるのではないかという提示である。
 絶対は肯定にはなく、否定の側から見た否定が、大いなる肯定を示唆するという案である。


 写真は『マグリット』展・図録より


『城』3530。

2020-11-04 06:05:20 | カフカ覚書

フリーダが周到にもあの大スキャンダルによって人びとの噂の種になるように仕組んでおかなかったならば、あるいはもっと早くに忘れ去られていたかもしれません。彼女は、スキャンダルのおかげでもの珍しいもののようにおもわれたのです。


☆おそらく、より早くにあらかじめ準備した人びとの噂で騒ぎを起こし、それによって支えられたのです。彼女は人びとの好奇心により再び望まれるようになったのです。