続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

ああ・・・。

2021-11-22 07:41:46 | 日常

 転倒後、病院から施設に移った友人、かれこれ、すでに三年。コロナになり施設を訪ねることもできないまま月日が流れた。
 彼女は、家の階段に手すりをつけないと帰れないと言い、「息子は忙しい」からとも言った。
「さっさと家に帰らないと呆けちゃうわよ」と軽く笑い飛ばし「家に帰ったら必ず電話してね」と約束。
 何時まで待ってもかかってこない電話・・・思い切って掛けて見たら、「はい」って彼女の声。

三年前「母は認知ですから、今日あなたが見舞いに来たことも明日には忘れてしまします」と息子さん。
 でも、だって・・・の思い。

「わたし、いつ帰ってきたのかしら、覚えてないの。一年前、いえ、一、二か月くらい前かしら」という。

 とにかく自宅に戻り、手も足も伸ばしてのびのび暮らしていることを想い一安心。
 それにしても、(聞いたことある声)のわたし。あんなに仲良くどこへでも出かけたのに、悲しい。


『飯島晴子』(私的解釈)大洪水。

2021-11-22 07:20:14 | 飯島晴子

   大洪水孔子は琴や敲きけん

 大洪水はダイ・コウ・スイと読んで、大、行、遂。
 孔子は琴やはコウ・シ・キンと読んで、弘、司、勤。
 敲きけんはコウと読んで、功。
☆大行(大事業)を遂げる。
 弘(大きくするのは)司(役目を担当する人)の勤(働き)の劫(手柄)である。

 大洪水はタイ・コウ・スイと読んで、滞、溝、彗。
 孔子は琴やコウ・シ・キンと読んで、巧、使、均。
 敲きけんはコウと読んで、広。
☆滞(とどこおる)溝(みぞ)を(ほうき)を巧みに使い、均(ならして)広げた。

 大洪水はタイ・コウ・スイと読んで、大、網、推。
 孔子は琴やはコウ・シ・キンと読んで、項、私、襟。
 敲きけんはキョウと読んで、況。
☆大網(重要な点)を推しはかる。
 項(事柄の一つ一つ)に私の襟(心の中)の況(ありさま)がある。


ホッパー『海に突き出た岩』

2021-11-22 07:01:45 | 美術ノート

   『海に突き出た岩』

 タイトル通りの巨大と思える岩石が海に突き出ている景である。

 海は・・・水平線は? 水平線の位置が不明確である。
 確かに海と空は岩の向こうにあるが、雲らしきものに遮られ、水平線を確認できない。海に突き出た岩の迫力、巨大さが目に付く。海と空とは岩によって狭められ背景と化しているにすぎない。

 岩の主張、海に突き出た岩の雄々しさ。
《そうだろうか》

 近視眼的な視野、大海原を考えるまでもなく岩はどんなに巨岩であっても、海に比して淋しく小さな存在に過ぎない。この悲哀を岩は隠している。

 海(世界)は広い、大声を張り上げても届かない。海に突き出た岩も限界があり、いつかその重みで崩壊を余儀なくされる日が来るに違いない。

『海に突き出た岩』は(わたし=作家自身)かもしれない。

 『HOPPER』(岩波 世界の巨匠より)


『水仙月の四日』52。

2021-11-22 06:33:13 | 宮沢賢治

「さつきこっどもがひとり死んだな。」
「大丈夫だよ。眠つているんだ。あしたあすこへぼくしるしをつけておくから。」「ああ、もう帰らう。夜明けまでに向ふへいかなくちや。」

 子供、こども、子供、こども、子供、子、子ども、子、子供、こども、こども、こども、こども・・・というように変化している。それぞれの字によって(コドモ)の意味が異なるのではないか。子供は死境と読んで、本当の死までの境を彷徨している人たち(複数)であり、子どもは半ば死にかけている人、こどもは本当の子供(幼い子)かもしれず、子は死(死人)を指しているのでは・・・現世と来世(冥府)のあいだ、水仙月の四日は水仙が咲くころの死の日であり、遂(やりとげる)、千(たくさん)合(あわせた)死の秘とも読めるのである。
 賢治の言葉の中には読み手に想像させる膨らみが《二重の風景》として潜んでいる。

「夜明けまでに向ふにいかなくちや。」
(向ふ)、何気ないが、向こうはどこ?
「北へ帰りたい」といい、「向ふ」といい、最後は西の方へ帰っていく雪童子・雪狼…変幻自在の出現。方角の意味も四散している。