ここに転居してから四十年ほどになる。子供たちでにぎやかだった界隈も今は独立し市外に出たりして静かな、静かすぎる状況になっている。
ある日、公営墓地を散歩していると、近所のA君がポツンと煙草を吸いながら座っていた。何気なく話しかけると「おばさんちの夕食は何?」と聞き、「カレーライス?」と重ねた。
そして、自分は長いことカレーライスを食べてないという。
「お母さんは作らないの?」
「うちじゃ、誰も料理はしないんだ」(えっ)…母親は何年か前に脳梗塞で倒れ、元気にはしているけど何もしないらしい。
かつて母親である奥さんは「今日はひな祭りだから蛤を買わなきゃ」などと言っていたのに…。
A君は「もう57才なんだ、早く年金にならないかなぁ」などと淋しいことを言う。彼もまた昨年救急車で運ばれて以来病院通いをしている由。所帯を持った弟のB君が訪ねて来て掃除や買い物をしている。
ある日などは障子を張り替えているので「手伝おうか」というと、「いえ、いえ」と言いながら、「障子を張り替えたら家の中が少しでも明るくなると思って」などと健気なコメント。
みんな大人になったけど、それぞれいろんな事情を抱えている。もう子供じゃないんだと、つくづく。
※偶然、A君の出したゴミをすぐ後だったので見たことがある。袋の中は缶詰の空き缶が・・・そういえば、「ご飯だけは炊けるんです」と言っていたことを思い出した。隣の主婦が「宅食を頼めばいいのに」と言っていたことなど・・・本当に切ない。