ぼくたちは前よりもくっつき合って駆け出した、手を握り合っている子もいた。くだり坂になっていたので、ぼくたちはできるだけ顔を反らせなければならなかった。誰かがインディアンの鬨の声をあげた、ぼくたちの足にはかつてないほどギャロップの弾みがつき、跳躍すると風がぼくたちの腰をもちあげた。
☆わたしたちは一緒にくっついて走った。大勢は互いに訴訟(事件)に及んだが、十分高い位置ではなかったので理解できなかった。飛び上がると、空虚な風も跳ねるように舞い上がった。
墓地の霧はげしくつかふ父方や
墓地の霧はボ・ジ・ムと読んで、墓、寺、務。
はげしくつかふ(烈使)はレツ・シと読んで、烈、士。
父方はフ・ホウと読んで、訃、報。
☆墓の寺務である烈士(信義に厚く一途な男)の訃報があった。
墓地の霧はボ・チ・ムと読んで、墓、地、務。
はげしくつかふ(烈使)はレツ・シと読んで、烈、死。
父方はフ・ホウと読んで、怖、包。
☆墓地の務めは烈(きびしい)。
死の怖(こわさ)に包まれている。
墓地の霧はボ・チ・ムと読んで、慕、知、夢。
はげしくつかふ(烈使)はレツ・シと読んで、烈、姿。
父方はフ・ホウと読んで、浮、泡。
☆慕(したうこと)を知(相手に知らせる)夢の烈(はげしさ)。
姿は浮(拠り所のない)泡である。
墓地の霧はボ・ジ・ムと読んで、簿、字、務。
はげしくつかふ(烈使)はレツ・シと読んで、列、詞。
父方はフ・ホウと読んで、普、法。
☆簿(ノート)に字を務めて列(並べる)。
詞(言葉)は普く法(手段)である。
絵画作品には焦点があり、それが主題(テーマ)をより強調・主張するという具合である。
けれど、この作品には中心がなく、全体が等しく主張している。にもかかわらず、存在感の欠如によって浮上、あるいは流動的で定まる拠点を決定できない不思議がある。
質感があるように見えて柔らかいのか固いのか、鋭いのか・・・軽重さえも確定できず、具体的な決定を持たない、感じることが不可能な描写である。
確かに描かれており、綿密である。にもかかわらず、特定不能な逃げ足、隠匿がある。
『急速な裸体に囲まれた王と女王』と明確な名称を提示しながら名称自体が空に浮いてしまうのである。急速という言葉は動きを表すが(急速な)という形容詞はない。
この大いなる分裂、集結しながら分散している意味の分解、漂流。
混沌は階級制度を破壊し、無意味に並置している。《急速な裸体》という不明によって、総てが打ち消されてしまい、平等という平坦さえ見えなくしている。
いわく言い難い、《意味の霧消》が作品を越えて伝わってくるのである。
写真は『DUCHAMP』 www.taschen.comより
月はもうかなり高くのぼっていた、郵便馬車が明りを点して通り過ぎて行った。微かな風が吹き渡って、壕のなかでもそれが感じられた、そして近くの森がざわめきはじめた。するともう独りぼっちになることがそれほど大事ではなくなった。
☆月はすでに高いところにあった。光の通信が通り過ぎて行った。微かに空虚が(風)が上昇してゆき、墓(死)のなかでもそれが感じられた。そして近くの森の植え込みがざわざわし、横たわっていることは(死)それだけではないのだった。
その顔の果てたるあたり蜷多し
その顔(其顔)はキ・ガンと読んで、祈、願。
果てたるあたり(果辺)はカ・ヘンと読んで、家、扁。
蜷多しはケン・タと読んで、験、誰。
☆祈願の家、扁(門札)を確かめる誰かがいる。
その顔(其顔)はキ・ガンと読んで、記、含。
果てたるあたり(果辺)はカ・ヘンと読んで、化、編。
蜷多しはケン・タと読んで、兼、他。
☆記が含む化(形、性質を変えて別のものになる)で、編(書物の内容上のひとまとまり)を兼ねる他のものがある。
その顔(其顔)はキ・ゲンと読んで、飢、厳。
果てたるあたり(果辺)はカ・ヘンと読んで、禍、変。
蜷多しはケン・タと読んで、件、多。
☆飢えて厳しい禍(災難/不幸)の変(変化)。
件(問題とされている事柄、出来事)は、多い。
その顔(其顔)はキ・ガンと読んで、棄、贋。
果てたるあたり(果辺)はカ・ヘンと読んで、歌、遍。
蜷多しはケン・ダと読んで、嫌、駄。
☆棄てる贋(偽)の歌、遍(もれなく)嫌いだし駄(値打ちがない)。
※その眼下のあたり、蜷(ニナがいないと蛍は育たない)が多いよ。
一月の低地少年の髪おもひ
一月はイツ・ガツと読んで、何時、合。
低地はテイ・チと読んで、定、致。
少年はショウ・ネンと読んで、衝、然。
髪おもひ(髪思)はハツ・シと読んで、発、至。
☆何時、合(太陽と惑星が同一方向にある状態)になるのか、定(決まって)致(行き着く)。
衝も然り、発(外に現れ)至(行き着く)。
一月はイチ・ゴウと読んで、位置、合。
低地はテイ・チと読んで、釘、置。
少年はショウ・ネンと読んで、床、然。
髪おもひ(髪思)はハツ・シと読んで、撥、使。
☆位置を合わせて釘をうち置(据える)。
床(寝台/腰掛)は撥(調整して)使う。
一月はイチ・ガツと読んで、一月。
低地はテイ・チと読んで、偵、千。
少年はショウ・ネンと読んで、祥、年。
髪おもひ(髪思)はハツ・シと読んで、初、施。
☆一月を偵(探ると)、千(沢山)の祥(目出たい)初めての施(ほどこし/恵みを与える)がある。
鯉の尾のふゑゆきて父冷ゆる板戸
鯉の尾はリ・ビと読んで、裏、備。
ふゑゆきて父(殖行父)はショク・コウ・フと読んで、嘱、講、普。
冷ゆる板戸はレイ・ハン・コと読んで、例、判、怙。
☆裏(物事の内側)には備(あらかじめ用意した)嘱(委ねる)講(話)がある。
普く例(同じような仲間)の判(可否を定め)怙(頼りにする)。
鯉の尾はリ・ビとよんで、莉、靡。
ふゑゆきて父(殖行父)ショク・コウ・フと読んで、触、香、付。
冷ゆる板戸はレイ・ハン・コと読んで、麗、繁、個。
☆莉(まつりか/ジャスミン)は靡(なびき)触れると香りが付く。
(それぞれ)麗しく繁る個(一つ一つ)がある。
鯉の尾はリ・ビと読んで、罹、備。
ふゑゆきて父(殖行父)はショク・コウ・フと読んで、食、購、布。
冷ゆる板戸はレイ・ハン・コと読んで、冷、凡、個。
☆罹(災難)に備え、食(食料)を購(買い入れること)を布(広く行き渡らせる)令(言いつけ)がある。
凡(すべて)個(一人一人)に。
鯉の尾はリ・ビと読んで、理、靡。
ふゑゆきて父(殖行父)はショク・コウ・フと読んで、嘱、考、父。
冷ゆる板戸はレイ・バン・コと読んで、霊、万、個。
☆理(物事の筋道)に靡(従い)嘱(委ねる)考えである。
父の霊(死者の魂)は万(なんとしても/どうしても)個(弧/ひとり)でいく。
『花嫁』
結婚式当日の、または結婚したばかりの女性の美称。在るが無いような微妙で一時的、すぐに霧消する仮の呼び名である。花嫁という美称は実態から浮いており、周囲に人の眼差しに他ならない。しかし、どこの国においてもこの美称は通用し、誰もが抱く感慨を孕んだ美称であり否定はない。
その作品である。
存在感はあるのに、地に着地しておらず、この流れの行方を図り知ることは困難である。既存の形、部分的には何かの形に似ているが、決定はない。疑似三次空間ではあるけれど、目的を持たない連鎖であり、単に《まことしやか》であるにすぎない。
念の入った複雑な構成であるが、構成に意味がない。
大いなる意味、誰もが思い描くことができる『花嫁』という言葉は、男女の連鎖がある限り通用する仮称である。
この不思議さ。知っていて見たこともあると誰もが証言する『花嫁』。
花嫁は女性に限るという制約ある言葉であるが、『花嫁』という美称は女性を通り抜けていき、決して長くは留まらない。
『花嫁』、憧憬をもって放たれる『花嫁』という言葉は、風や雲のように実測不能であり、動かぬ証拠を証明できないものである。デュシャンは鋭利な感覚をもって《言葉と物(実態)》を見つめている。
写真は『DUCHAMP』 www.taschen.comより
「みんな、どこにいるの?」ー「こっちへ来いよ!」-「全員集合!」ー「なんで隠れるんだい、ばかな真似はよせよ!」ー「もう郵便馬車が通ったの知ってる?」ー「そうさ、きみが眠っているあいだに通っちゃったよ!」ー「ぼくが眠ってたって?嘘だよ、そんなの!」ー「だって、きみの顔にそう書いてあるもの。」ー「ぼくの顔に?」ー「さあ、行こう!」
☆「みんな、どこにいるの?」「こっちに来いよ」「みんな一緒に!」「なんで隠すんだい? 無意味だよ」「もう通信はすでに過ぎてしまった、知らないのか?」「まさか、もう過ぎ去ってしまったの?」「当り前さ、きみが眠っている間に行ったのさ」「わたしが眠っていたって? いやあ、そんなはずはない」「でも、見てごらんよ!」「では、頼むよ」「さあ、行こう!」
山脈を出る人露の薔薇古木
山脈はセン・ミャクと読んで、遷、三訳。
出る人露のはスイ・ジン・ロと読んで、推、腎、露。
薔薇古木はショウ・ビ・コ・モクと読んで、章、備、己、黙。
☆遷(移り変わる)三訳(三つの訳)を推しはかることは腎(重要)である。
露(現れる)章に備(あらかじめ用意してあること)を己(わたくし)は黙っている。
山脈はサン・ミャクと読んで、算、脈。
出る人露のはスイ・ジン・ロと読んで、遂、尽、漏。
薔薇古木はショウ・ビ・コ・モクと読んで、招、弥、個、目。
☆算(見当をつける)脈(すじみち)を遂(やりとげる)。
尽(全て)漏(もれ出る秘密)を招(呼び寄せる)。
弥(すみずみ)まで個(一つ一つ)が目(ねらい)である。
山脈はセン・ミャクと読んで、戦、脈。
出る人露のはスイ・ジン・ロと読んで、衰、尽、露。
薔薇古木はソウ・ビ・コ・モクと読んで、想、靡、枯、目。
☆戦いが脈(つづき)衰(勢いをなくし)尽(すべての無)を露(さらけ出した)。
想(思いを巡らせ)靡(滅びた)枯(衰え)を目(見つめている)。