ここは
口頭試問が終わり、天に召されたわたくしとゼミ生。
これからは天国での幸せな日々が待っている。
まあ、
そういえば、私は91年の大学設置基準の大綱化以降の第一世代である。哲学とか文学とかいう教養教育はいらんから大学で勝手に解体してよかろうよ(というか、役に立たないようなイメージがある課目はやめろ)ということだ、と当時の教養科目「哲学」の教授が、非常にやる気なさそうに言っていたのを今でも想い出す。で、あるとき、事務だったか教官だったかに、教養教育について学生の意見を聞きたいので、なにか400字ぐらいで書いて下さいと頼まれた。私は今もそうだが非常に思い上がった学生であったので、「専門バカは世の中で最も使えない人種である。この大学にもたくさんいる。」とかなんとか書いたような気がする。案の定原稿は不採用になって、「社会に出たときに役に立つような教育を広く受けていきたいです。」とかいう誰かの意見が大学の広報誌みたいなのに「学生の声」として載っていた。
今日は教×会で、いつもに比べると集中して議論を聞いた。いつものように、「学生の質的保証」とか、「学生の利益」とかいう言葉が飛び交っていたが、かかる言葉で使って何かの理屈を組み立てられること自体が私にとっては驚異である。大学時代、柄谷行人の「形式主義」に関する議論から、文学に於いて本当に内容をカッコに入れた形式主義は成立するのかとか、文字通り形式的な夢想で堂々めぐりをしていた私にとって、内容をカッコに入れた理屈が本当に飛び交っているのでびっくりしてしまう訳である。という感想は、まさに内容をカッコに入れた言い方であって、本当は、小×生の作文じゃあるまいし……というのが感想である。
学生の卒業論文もただ劣化していっているのではない。その形式論理的な頭の固さはなんちゃって形式主義のおかげだ。形式論理は、単に頭の悪さからではなく、社会か何かから命令され脅されているときに発生する、そして脅迫されているのに、されている本人のプライドがふくれあがっていくのも特徴である。これが専門バカの実態である。即ち彼らは閉じているどころか、社会に開かれすぎているから専門バカなのである。
小・中学校教員になるための特化した専門性などというものが、純粋な形で存在するはずがない。仮に存在していたとしても、それを必要最小限な形で学生にインストールできるはずがない。そんなことを考えはじめたから、ますます必要最小限ですらない学生が増えているとしか思えん。小・中学校の教員になるためには、ひたすら一見実践とは関係ない学問を吐くほどやりつづけることが必要であるればよいし、あとは自分で考えるしかない。あせってもどうせうまくいってないじゃん。それをいつまでも「勉強だけできてもしかたない(きりっ)」とか興奮、妄想しているからおかしなことになるのだ。「勉強」とか言っているところがもうアホっぽいけど、まあそれは置いといて……、そういうことを妄想するする人間はきまってその所謂「勉強」すら苦手な人間である。要するに、単純な代償行為を求めて学校の先生になられても困る(笑)いや、困らない。本人が勝手に考えればよいと思う。
今日は教×会で、いつもに比べると集中して議論を聞いた。いつものように、「学生の質的保証」とか、「学生の利益」とかいう言葉が飛び交っていたが、かかる言葉で使って何かの理屈を組み立てられること自体が私にとっては驚異である。大学時代、柄谷行人の「形式主義」に関する議論から、文学に於いて本当に内容をカッコに入れた形式主義は成立するのかとか、文字通り形式的な夢想で堂々めぐりをしていた私にとって、内容をカッコに入れた理屈が本当に飛び交っているのでびっくりしてしまう訳である。という感想は、まさに内容をカッコに入れた言い方であって、本当は、小×生の作文じゃあるまいし……というのが感想である。
学生の卒業論文もただ劣化していっているのではない。その形式論理的な頭の固さはなんちゃって形式主義のおかげだ。形式論理は、単に頭の悪さからではなく、社会か何かから命令され脅されているときに発生する、そして脅迫されているのに、されている本人のプライドがふくれあがっていくのも特徴である。これが専門バカの実態である。即ち彼らは閉じているどころか、社会に開かれすぎているから専門バカなのである。
小・中学校教員になるための特化した専門性などというものが、純粋な形で存在するはずがない。仮に存在していたとしても、それを必要最小限な形で学生にインストールできるはずがない。そんなことを考えはじめたから、ますます必要最小限ですらない学生が増えているとしか思えん。小・中学校の教員になるためには、ひたすら一見実践とは関係ない学問を吐くほどやりつづけ
▼ひこにゃん大喜び、チョコの山 滋賀・彦根の人気キャラ(『東京新聞』2011年2月14日 19時19分)http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011021401000569.html
バレンタインデーの14日、滋賀県彦根市役所で同市の人気キャラクター「ひこにゃん」がファンから届いた200個のチョコレートやクッキーの山を披露し、大事そうに手提げ袋に入れて喜びを表した。
送り主は全国29都道府県の老若男女。今年はドイツに住む「海外」ファンも初めて名を連ねた。プレゼントには「甘いもので疲れを癒やして」と人気者をねぎらう言葉や「おかげで仕事や母の介護に力が出る」と感謝を伝えるメッセージが添えられていた。
彦根市によると、ひこにゃんに届いたバレンタインプレゼントは、2008年には60個だったが、その後急増し、昨年は14日以降に届いたものを含めると238個に上った。
【渡邊談】そうですか。さっさと喰って見せろよ!
▼チョコの数「よくわかりません」 日本ハム・斎藤 (asahi.com 2011年2月14日21時24分)http://www.asahi.com/sports/baseball/npb/news/TKY201102140325.html
日本ハムの斎藤は14日、チームの練習休日を利用して、若手選手4人とともにキャンプ地の沖縄県名護市内にある児童養護施設を訪れ、子どもたちとふれあった。
大はしゃぎの子どもたちと室外でバレーボール、室内では卓球などで遊び、笑顔が絶えなかった。「子どもは好きです。オフに外に出られたのでリフレッシュできました」
バレンタインデーでファイターズ名護協力会から特大のチョコレートを受け取った。個別にもらった個数については「よくわかりませんね」と笑顔ではぐらかした。
【渡邊談】数も数えられないんですか?
▼バレンタインデー、太陽系の謎解く猛アタック (asahi.com 2011年2月14日11時21分)
http://www.asahi.com/science/update/0214/TKY201102140039.html
【ワシントン=勝田敏彦】米航空宇宙局(NASA)の彗星(すいせい)探査機スターダストがバレンタインデーの14日、テンペル第1彗星まで約200キロの距離に最接近する。スターダストは、日本の探査機「はやぶさ」が小惑星「イトカワ」の微粒子を持ち帰るまで、月より遠い天体の間近から試料を持ち帰った唯一の探査機で、今回は2度目の彗星訪問。太陽系の成り立ちの謎に迫る成果が期待される。
1999年2月に打ち上げられたスターダストは2004年1月、地球から約4億キロ離れたところでビルト第2彗星に接近し、彗星の核から噴き出したガスやちりを採取。06年1月、「はやぶさ」と同様に試料が入ったカプセルを地球に届けた。
はやぶさの本体は、カプセル放出後に大気圏に突入して燃え尽きたが、スターダスト本体は静止衛星軌道の3倍程度の高度でカプセルを分離後、そのまま飛行を続けた。
探査機がまだ使えることから、NASAは再利用を決定。探査計画の名を「テンペル第1彗星への新たな探査」という意味を加えた「スターダスト・ネクスト」に変更した。同彗星は05年7月、米探査機ディープインパクトの子機が衝突に成功している。
今回の最接近は、米太平洋時間14日夜(日本時間15日昼すぎ)にあり、探査機は彗星の核の詳細な写真などを送ってくる。試料採取は予定されていない。
【渡邊談】当たって砕けろという訳ですね、分かります。
▼タイで32時間続けてキス 7組が世界記録 (http://www.47news.jp/CN/201102/CN2011021401000811.html 2011年2月14日 22時32分)
【バンコク共同】タイのリゾート地パタヤで14日、7組のカップルが32時間以上キスを続け、“キスマラソン”の世界記録を更新した。
バレンタインデーにちなんで地元の商業施設が企画したイベントに当初は14組が参加したが、眠ることはおろか座ることも禁じるルールに音を上げて7組が途中で脱落。トイレに行くときも、ストローで水分補給をするときも、唇を離さなかった51歳の妻と37歳の夫のカップルなど7組が従来の記録、32時間7分14秒を破った。
最後までキスを続けたカップルには約27万円の現金とダイヤの指輪がプレゼントされることもあり、7組は記録更新後も唇を離さず、主催者は「みんな倒れるまでキスする気?」と心配顔だった。
【渡邊談】もしかして、これはまだ続いているのか?接吻すると子どもができると信じていた私のような純粋無垢な世界中の子どもにどう説明するつもりだ?金とダイヤに釣られてキスしても子どもは生まれない、とでも言えばよいのかっ!
バレンタインデーの14日、滋賀県彦根市役所で同市の人気キャラクター「ひこにゃん」がファンから届いた200個のチョコレートやクッキーの山を披露し、大事そうに手提げ袋に入れて喜びを表した。
送り主は全国29都道府県の老若男女。今年はドイツに住む「海外」ファンも初めて名を連ねた。プレゼントには「甘いもので疲れを癒やして」と人気者をねぎらう言葉や「おかげで仕事や母の介護に力が出る」と感謝を伝えるメッセージが添えられていた。
彦根市によると、ひこにゃんに届いたバレンタインプレゼントは、2008年には60個だったが、その後急増し、昨年は14日以降に届いたものを含めると238個に上った。
【渡邊談】そうですか。さっさと喰って見せろよ!
▼チョコの数「よくわかりません」 日本ハム・斎藤 (asahi.com 2011年2月14日21時24分)http://www.asahi.com/sports/baseball/npb/news/TKY201102140325.html
日本ハムの斎藤は14日、チームの練習休日を利用して、若手選手4人とともにキャンプ地の沖縄県名護市内にある児童養護施設を訪れ、子どもたちとふれあった。
大はしゃぎの子どもたちと室外でバレーボール、室内では卓球などで遊び、笑顔が絶えなかった。「子どもは好きです。オフに外に出られたのでリフレッシュできました」
バレンタインデーでファイターズ名護協力会から特大のチョコレートを受け取った。個別にもらった個数については「よくわかりませんね」と笑顔ではぐらかした。
【渡邊談】数も数えられないんですか?
▼バレンタインデー、太陽系の謎解く猛アタック (asahi.com 2011年2月14日11時21分)
http://www.asahi.com/science/update/0214/TKY201102140039.html
【ワシントン=勝田敏彦】米航空宇宙局(NASA)の彗星(すいせい)探査機スターダストがバレンタインデーの14日、テンペル第1彗星まで約200キロの距離に最接近する。スターダストは、日本の探査機「はやぶさ」が小惑星「イトカワ」の微粒子を持ち帰るまで、月より遠い天体の間近から試料を持ち帰った唯一の探査機で、今回は2度目の彗星訪問。太陽系の成り立ちの謎に迫る成果が期待される。
1999年2月に打ち上げられたスターダストは2004年1月、地球から約4億キロ離れたところでビルト第2彗星に接近し、彗星の核から噴き出したガスやちりを採取。06年1月、「はやぶさ」と同様に試料が入ったカプセルを地球に届けた。
はやぶさの本体は、カプセル放出後に大気圏に突入して燃え尽きたが、スターダスト本体は静止衛星軌道の3倍程度の高度でカプセルを分離後、そのまま飛行を続けた。
探査機がまだ使えることから、NASAは再利用を決定。探査計画の名を「テンペル第1彗星への新たな探査」という意味を加えた「スターダスト・ネクスト」に変更した。同彗星は05年7月、米探査機ディープインパクトの子機が衝突に成功している。
今回の最接近は、米太平洋時間14日夜(日本時間15日昼すぎ)にあり、探査機は彗星の核の詳細な写真などを送ってくる。試料採取は予定されていない。
【渡邊談】当たって砕けろという訳ですね、分かります。
▼タイで32時間続けてキス 7組が世界記録 (http://www.47news.jp/CN/201102/CN2011021401000811.html 2011年2月14日 22時32分)
【バンコク共同】タイのリゾート地パタヤで14日、7組のカップルが32時間以上キスを続け、“キスマラソン”の世界記録を更新した。
バレンタインデーにちなんで地元の商業施設が企画したイベントに当初は14組が参加したが、眠ることはおろか座ることも禁じるルールに音を上げて7組が途中で脱落。トイレに行くときも、ストローで水分補給をするときも、唇を離さなかった51歳の妻と37歳の夫のカップルなど7組が従来の記録、32時間7分14秒を破った。
最後までキスを続けたカップルには約27万円の現金とダイヤの指輪がプレゼントされることもあり、7組は記録更新後も唇を離さず、主催者は「みんな倒れるまでキスする気?」と心配顔だった。
【渡邊談】もしかして、これはまだ続いているのか?接吻すると子どもができると信じていた私のような純粋無垢な世界中の子どもにどう説明するつもりだ?金とダイヤに釣られてキスしても子どもは生まれない、とでも言えばよいのかっ!
高松のくせに本気で雪降ってどうするのであろう。三年生のT1さんが「ホワイト・バレンタインデーですね」と言っていた。焦ってクッキーを買いに走り、コンビニの前で雪に滑ってかっこわるく転ぶやさ男続出希望。
私はそんな若者の体たらくを幻視しつつ笑いつつ、WATERFORDを聴きながら、アーペルの『天への憧れ』を読む一日であった。
註)一番上は、数年前からネット上に流布しているバレンタイン中止のお知らせ、あるいは都市伝説関係の一枚。
私がメタボ検査でぎりぎり引っかかりそうな体たらくになってしまったのは、毎年チョコをもらいすぎてるからだと思うっ。(
↑
よく見えないかもしれませんが、また雪が降っておるのです……
また勘違い雪雲が……。いや、もしかしたら、犯罪者は犯罪現場に必ず舞い戻るというあれではなかろうか?従って、この異常気象に対しては次のような断固決然とした姿勢でのぞむべきであろう。
火鉢の上に鐵瓶が
落て居るとて無斷にて
他人の物を持行くは
取も直さず泥坊で
泥坊元來不正なり
雲を霞と逃ぐるとも
早く繩綯ひ追駈けて
縛せや縛せ犯罪人
(齊藤緑雨)
また、知り合いに「渡邊くんてツ×ッターやらんの?」と言われたのだが、以前に、ツイッターがいやだということを書いたような気がする。ただ、このことはかなり気になっていた。自分の嫌いなものの原因をさぐるところからものを考えるのが私の学問的な習性でもある。どうせ、未来に否定したり修正したりするだろうが、現在思うところを書いてみよう。
一、「~なう」という語尾がなぜか猛烈に生理的にいやだ。(もうこの習慣はなくなったのか?よく知らんけど。)
一、前に参入したときに、いきなり数人にフォローされて、ストーカーされている感じがした。
一、2ちゃんねるとかに比して、やりとりの雰囲気から、学会の懇親会的な雰囲気を強く感じる。社交辞令の応酬というものは、案外、生々しい本心を忖度しあうものであって、気を遣う。私はいつもいかに相手がナルシスティックであるかばかりが気になってしまう。便所の落書きの方が、人をひたすら喜ばせようというサービス精神が感じられるのは私だけであろうか。(←お前だけ
一、上のことと関係あるのだが、字数が少なすぎて、オチが作れない。私は長野県出身でありどちらかというと東京に近いっ(←異論は認めない)ので、関東的であると思っていたのだ。──が、四国に移住して、私が異常に話のオチを求めている人間だと気づき、いままでの人生を呪っている。「いま、新宿駅前なう」とかいわれてもな、「で、オチは何?」ですよ。新宿駅なうのばあい、最低限、「少女病」の主人公みたいに電車に轢かれるオチぐらい用意して頂かないと私の場合満足できない。
一、以前、内×樹のツイッター上の発言を目にしたことがあるが、彼のブログの文章に比べてかなりつまらなかった。思ったこと全てを書き残すよ、という態度が面白いのは、吉本隆明みたいな明らかな変人に限られるのではないだろうか。
一、私のことである。こんなサービスに付き合うようになったら、発言に永遠にリツイートしつづける。もともと、煉瓦とか河原の石を並べてみたい衝動がある私のようなタイプはなにか非常に危険なものを感じる。
一、以前、参入したときに、ヨーゼフ・ズッターの「聖母を描くルカ」について誰か教えてくれや、と書こうと思ったが、ルカが多くの天使に見守られている、というより覗かれているのを見て、のぞき趣味はよくないと思った。
一、将来、スパイに従事することになった場合、こんなに私生活に関係することを書き残しておいたらまずい。私がつかまったあかつきには、私をフォローしていた奴らも全員逮捕だ。
一、いまに生物が進化して、私の家に住んでおられる蠅などが、「A いま台所なう」「B 渡邉の食事は粗食すぎるだろ、二一世紀だろいま」「A お疲れ様です。」「渡邉 寄生しておいてなんて言いぐさだ。たたきつぶすぞ。」 「AさんとBさんからブロックされました」……ということになったら悲しい。
一、Tweetsは「鳥のさえずり」だ。メシアンやラウタバーラを連想していたのに、人のさえずりはいらん。
一、「~なう」という語尾がなぜか猛烈に生理的にいやだ。(もうこの習慣はなくなったのか?よく知らんけど。)
一、前に参入したときに、いきなり数人にフォローされて、ストーカーされている感じがした。
一、2ちゃんねるとかに比して、やりとりの雰囲気から、学会の懇親会的な雰囲気を強く感じる。社交辞令の応酬というものは、案外、生々しい本心を忖度しあうものであって、気を遣う。私はいつもいかに相手がナルシスティックであるかばかりが気になってしまう。便所の落書きの方が、人をひたすら喜ばせようというサービス精神が感じられるのは私だけであろうか。(←お前だけ
一、上のことと関係あるのだが、字数が少なすぎて、オチが作れない。私は長野県出身でありどちらかというと東京に近いっ(←異論は認めない)ので、関東的であると思っていたのだ。──が、四国に移住して、私が異常に話のオチを求めている人間だと気づき、いままでの人生を呪っている。「いま、新宿駅前なう」とかいわれてもな、「で、オチは何?」ですよ。新宿駅なうのばあい、最低限、「少女病」の主人公みたいに電車に轢かれるオチぐらい用意して頂かないと私の場合満足できない。
一、以前、内×樹のツイッター上の発言を目にしたことがあるが、彼のブログの文章に比べてかなりつまらなかった。思ったこと全てを書き残すよ、という態度が面白いのは、吉本隆明みたいな明らかな変人に限られるのではないだろうか。
一、私のことである。こんなサービスに付き合うようになったら、発言に永遠にリツイートしつづける。もともと、煉瓦とか河原の石を並べてみたい衝動がある私のようなタイプはなにか非常に危険なものを感じる。
一、以前、参入したときに、ヨーゼフ・ズッターの「聖母を描くルカ」について誰か教えてくれや、と書こうと思ったが、ルカが多くの天使に見守られている、というより覗かれているのを見て、のぞき趣味はよくないと思った。
一、将来、スパイに従事することになった場合、こんなに私生活に関係することを書き残しておいたらまずい。私がつかまったあかつきには、私をフォローしていた奴らも全員逮捕だ。
一、いまに生物が進化して、私の家に住んでおられる蠅などが、「A いま台所なう」「B 渡邉の食事は粗食すぎるだろ、二一世紀だろいま」「A お疲れ様です。」「渡邉 寄生しておいてなんて言いぐさだ。たたきつぶすぞ。」 「AさんとBさんからブロックされました」……ということになったら悲しい。
一、Tweetsは「鳥のさえずり」だ。メシアンやラウタバーラを連想していたのに、人のさえずりはいらん。