★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

2016-01-05 23:53:13 | 思想


るべきことが多すぎる。頭がふらふらする。國分功一郎氏のドゥルーズの本を少しかじる。

恋する百人一首 第5回「女の分かれ道 セレブ美人妻・道綱母」

2016-01-04 23:42:16 | 文学


……日暮るるほどに、文見えたり。天下のそらごとならむと思へば、「ただいま心地悪しくて。」とて、遣りつ。(「蜻蛉日記」)

……翁、心地あしく苦しき時も、この子を見れば、苦しきこともやみぬ。腹立たしきことも慰みけり。(「竹取物語」)

小さいかわいい者がお爺さんに効き目があることは明らかであるが、セレブ妻には何が効くのであろうか。全く分からない。

 機嫌の直った時細君はまた健三に向った。――
「そう頭からがみがみいわないで、もっと解るようにいって聞かして下すったら好いでしょう」
「解るようにいおうとすれば、理窟ばかり捏ね返すっていうじゃないか」
「だからもっと解りやすいように。私に解らないような小六ずかしい理窟はやめにして」
「それじゃどうしたって説明しようがない。数字を使わずに算術を遣れと注文するのと同じ事だ」
「だって貴夫の理窟は、他を捻じ伏せるために用いられるとより外に考えようのない事があるんですもの」
「御前の頭が悪いからそう思うんだ」
「私の頭も悪いかも知れませんけれども、中味のない空っぽの理窟で捻じ伏せられるのは嫌ですよ」
 二人はまた同じ輪の上をぐるぐる廻り始めた。

――漱石「道草」


やっぱり漱石は怖い……壇蜜さんに上の部分とか朗読して欲しい。わたくしはきっと悲鳴を上げるであろう。

源氏物語 怨念の謎

2016-01-03 23:27:55 | 文学
細君と「源氏物語 千年の謎」というのを録画で観た。「千年の恋 源氏物語」とかいうのが昔あった気がするのだが、松田聖子がいきなりJPOPを空中で歌いだしたりするので笑ってしまった記憶しかない。だいたい源氏の文章を近代的な個人を主人公に映像化したいという野心自体が、六条御息所の怨霊も逃げ出すレベルの恐ろしさである。

その「千年の謎」であるが、道長に乱暴された紫式部の怨念が、六条御息所の怨霊となったというつくりであった。で、六条御息所が伊勢に引きこもるのうけて、紫式部も自分の憎しみが道長を襲ったりしないようにか?、田舎に引っ込んでしまう顛末である。逃げてんじゃないよ、紫式部。

で、紫式部は、道長=源氏は威光と同等の苦しみを味わうべき、という論理で物語をおさめていたが、はたして、そんなに幸福と不幸は釣り合っているものであろうか?我々はそんな風に自分の人生を思い込むことはできるかもしれない。あるいは道長はそうだったかもしれんが、光源氏はそれにしては権力構造のなかの絶妙な位置にいるので、――彼にとって自分の人生なんか自分でコントロールできるものじゃないのである。

 声はせで身をのみ焦がす蛍こそ言ふよりまさる思ひなるらめ

確かに、人はいろいろなことを考えているのであろう。