メランコリア

メランコリアの国にようこそ。
ここにあるのはわたしの心象スケッチです。

川の上で ヘルマン・シュルツ/作 徳間書店

2023-04-22 11:31:01 | 
2001年 初版 渡辺広佐/訳

ヘルマン・シュルツ
1938年 現在のタンザニアに宣教師の息子として生まれる
ドイツのルール地方で育ち、鉱山で働く
南米、近東、アフリカなどを旅し
近年は大人も楽しめる物語を書いている










イラストは1枚もないが、表紙のジャングルと川の写真で充分
ヒトの想像の力を使って、必死の冒険に引き込まれた

瀕死の娘を助けるために自分の体が傷つくのも構わず
西洋医療を受けさせるために川を下る父

娘の命を本当の意味で救ったのは
父の語る物語というのが意味深い
物語には大きな力があるんだよな

ヒトにとっての幸せが、人間関係の中にあるっていうのも考えさせられた

宣教師にとってほんとうの仕事は洗礼や改宗ではなく
人々がより幸せに、便利に、平和に
自由に暮らせるよう手助けすることと説くアンナ

戦争、植民地支配、宗教、人種差別や文化の違いなどについても
リアルな体験に基づいて描かれているからこそ心を打つ


【内容抜粋メモ】
アフリカ人たちにイギリスの力と強さを見せつける
軍事パレードの準備がされている中

突然、1人のアフリカ人の青年が広場のポールによじ登り
イギリス国旗をおろして、伍長の前に立つ

彼が連行されると、笑ってはやしていた見物人は散る

この話はすぐに若き王ウジムビの耳にも入った

彼は友人でドイツ人宣教師フリートリヒ・ガンゼに助けを求める
フリートリヒはイギリス人にも尊敬されている

大英帝国を侮辱したという理由で逮捕された青年は
このままでは処刑されてしまう

フリートリヒは妻エーファと娘ゲルトルートが高熱を出して心配だったが
友人に頼まれて、将校クラブに行き
将校に手紙を書いて青年を放免してもらえるよう嘆願する



フリートリヒは1人もキリスト教に改宗させることが出来ないことで
自分は役立たずなのではと疑っていた

雨で数日足止めを食らい、ようやく家に着くと
妻はすでに死んでいて、ゲルトルートも瀕死の状態

ブジョラの村の呪術師兼治療師が来て
小舟で川を下り、町の病院に連れて行くよう言う

今すぐ出発しなさい
夜は川を下ってはいけない
川辺の村を訪ねなさい
どの村でも助けてくれるはずだ
ワニとカバに気を付けて

(カバってそんなに危険なの?

宣教師は呪術師や治療師を信じないため
彼が娘の首にかけたまじないのようなものを胡散臭く思いながらも
言葉に従い、すぐに出発する



日が暮れると、岸に小舟をつけて
銃を持って、娘を抱いて村を探す

丸太と土、藁で作った家々に着くと
女が娘を見て、すぐに対処してくれる

ゆでた野菜、イモ、熱いミルクを与え
娘の体を洗い、寝床を用意してくれ、夜通し看病してくれた

朝、目が覚めると、もう出発するようにうながされる
小舟には新しい草と葉が敷き詰められ、いい香りを放っている
食べ物を入れた包みも持たせてくれた

まじないのヒモにつけられたひからびた鶏の足には
細かい刻み目がつけられている



櫂で枯れ枝を叩いてしまい、小舟中に大量のクロアリが降ってくる/汗
蟻を払うのに必死で、膝がすりむけ肉があらわになっている

村人がくれた革袋には果汁が入っていた
ゲルトルートはゆでたイモを少しだけ食べた

夕暮れが近づき、船着き場に小舟をつける

若い族長らしき男に部屋に案内され
熱っした板石の上に草を重ねて、強い香りがたちこめる

淡い茶色の粥をゲルトルートに食べさせる女
脂肪の塊を額に塗り、紺色の線となる
体を洗い、柔らかい布でくるむ

(結局、頼りになるのは、ヒトが本来持っている治癒力なんだな
 温かくして、消化の良いもの、水分をとって、清潔にするのが基本だと分かる
 プラス、良い香りってリラックスにとてもよいことが分かる



翌朝、煮た野菜を食べると、ゲルトルートに微笑みが戻る

アレクサンダーという男が片言の英語で話す
ドイツからイギリス領に変わったことを聞いて驚く

王:
次の村でまた人々が助けてくれるだろう
娘さんとなるべく話をするように

小舟には飲み物の入ったひょうたん、イモ、オレンジ、肉の包みが積まれて
ふんわりした草に敷きかえられていた



小舟を漕ぎながら、小さい頃の思い出を話し始めるフリートリヒ

生家で両親は貧しい農場を営んでいた
ヴァッサーという犬が牛を追う

父が藁の家を作り、2人で過ごしたことがとても嬉しかった
フリートリヒが昔の話を家族に聞かせるのは初めて



岸につけて、村を探すとトタン屋根が見える
(町が近づくにつれて、家並みや暮らしぶりに西洋が感じられるのもリアル

ゴルトシュミットというドイツ人地質学者の噂はキゴマでも聞いた
黒人の女マルタと結婚したというゴシップ

ナチが実権を握り、息子の名前をアドルフにしたのを後悔していると笑って話す

ゴルトシュミット:
ここでは子どもが病気になっても
アスピリンを飲ませることくらいしかできない
だが、村に連れていくと不思議と元気になる

マルタもゲルトルートにたくさん話しかけろとアドバイスする

マルタ:
それがあなたがしてあげられる一番のことよ
今、この子を一人ぼっちにしてはいけない

バナナは体にいいし、消化もいい
お腹に平らな石を乗せると心が落ち着く

自然には不思議な力がたくさんあって
私たちがそれを用いることは神のご意志なのです


鶏の足の鉤爪の刻み目が増えているが、その意味は分からない



次の村では老婆が鉤爪を見て、そこに刻み目をつける
煮た野菜、ミルクなどを手渡される

ゲルトルート:
みんな、私がまた元気になれるって言ってるわ
パパ、前と全然違う ひげも伸びてるし、野人みたい



小舟が傾き、川に入って向きを整えようとするが足がつかない
川底は泥と腐った木でできているらしい
極度の疲労で左手が痙攣したが、なんとか体勢を戻す

フリートリヒ:
パパも農夫になるはずだった
母は働きすぎて死んでしまった

馬のハンスは素晴らしい馬だった
パパには自分の馬を持つという夢があった

お金を貯めて市に行くとキツネのような栗毛のフックスがいた
この馬だと分かったがお金が足りない

商人はカラス麦かヒツジを追加すれば話に乗ると言った

パパは叔母さんからカラス麦を1袋もらい
礼も言わずに走って市に戻って馬を買った

家に着くと、父は激怒した
うちではあの馬を育てられない
うちには馬は2頭もいらない

母は「なんてことをしてくれたの」と繰り返し言って泣いた

馬も飼えないくらいなら、こんな所にいてやるもんか!

無一文で歩きだし、収穫の手伝いをして食べさせてもらったりして
家具職人で雇ってもらった



さんざん蚊に刺されながら(!)、また村に着く
王カグーマが石油ランプで明るい家に案内してくれる

美しい英語で話す女がいて驚く
ヨーロッパで生まれ、アフリカで育った

アンナ・ブラウクマン:
私たちはあの場所を「緑の地獄」と呼びます
ワニ、カバ、水ヘビが山ほどいるが神が情けをかけてくれた

娘さんは重い熱病にかかった たいていは死んでしまう
西洋式の薬はアフリカの村まで行き渡らない

おそらく一緒に旅に出たのが正しかった
川の上で話したのがよかった

娘さんにはたっぷりの愛と、好奇心、守ってくれる手が必要でした
あなたは娘さんとともに闘う覚悟があったのです

ヒトは時に自分のことだけ考え、愛してくれる人が必要になるものなのです

アンナはアフリカではアニマと名乗っている
第一次世界大戦が始まる前、ヨーロッパ以外の人々が年の市で見世物になっていた

アンナの父は4人の妻と一座に加わり
子どもが生まれると一緒に旅をするわけにいかず里親を探し
リバプールの宣教師ブラウクマン夫妻にひきとられた

父はタンガニーカに戻らなかった
戦争と革命で命を落としたのではないか
今、アニマはこの村の教師兼看護婦をしている



村を離れる時、ゲルトルートが歩けるようになっていた

アニマ:
鉤爪はひとつの村からほかの村へ情報を伝えるための品
鶏死病は眠ってばかりいて、生の世界とのつながりも失ってしまう


2本の刻み目は峠を越えた印
体と心をしずめる青い線が描かれた夜

ゲルトルート:
ママが死んだと分かって、村の女性と呪術師が来てくれて
毎晩ずっとそばにいてくれた
私は一人ぼっちじゃないことがとても嬉しかった


町が近づいて、お金を家に置いてきたことに気づく

フリートリヒ:
ヨーロッパ式の病院ではお金がいると思い出した
なのにポケットはからっぽだ!


フリートリヒが今まで見せたこともない
幸せそうな笑顔を見て驚くゲルトルート

よく考えれば、幸せはいつも人とのかかわりの中にあり
心の中のひそかな夢の中にあるわけではなかった・・・


村人に教えられた通り、大雨が降り
親子は枝の下でずぶ濡れになってしのぐ
しばらくしてカラっと晴れてまた暑くなる

この雨のことは生涯忘れないと心に決めるゲルトルート



ブジュラ村に戻るのかと聞かれ、病院で診てもらった後に
2人でゆっくり話し合おうと言うフリートリヒ

娘を救ったことが、小さい頃夢見た「偉大な行為」じゃないだろうか?

ゲルトルート:
ママはブジョラの人たちが洗礼を受けたがらないから
パパはいつも悲しそうだって言ってた

フリートリヒ:
洗礼をほどこすのは考えていたほど重要ではないのだろう
アニマは、あなたの仕事はよき隣人であることだと言った


貧しい農夫の息子がアフリカの人たちを改宗させる仕事について
ふさわしいのかといつも疑念を持っていた

アニマ:ここ以外のどこにあなたにふさわしい場所があるというのですか?



町に着き、インド人の商人プロナブが
植民地管理事務所が引っ越したから
病院は数日前に閉鎖になったと教えてくれる

彼は2人に親切に食事をふるまい、泊まっていけと言う

キゴマでイギリス人を説得して、黒人の青年の命を救った話がもちきりだと言い
フリートリヒは驚く

プロナブが呼んだ医師はヨーロッパ式に聴診器を当てたりするが
もう治療は必要ないと言って去る




日本語版のためのあとがき シュルツ
5日間の物語は、1930年代の東アフリカの奥地が舞台
1918年にドイツ人からイギリス人に統治が移った

新約聖書には「汝ら、行って、すべての国民に説き、
父と子の聖霊の名において、彼らに洗礼を施せ」とある

宣教師らは布教だけでなく、学校、病院の建設もした
植民地政府により残虐行為が行われた際は
人権を守るために力を尽くした者もいた

アフリカ人からアイデンティティを奪ったと非難される一方
アフリカの現代作家は宣教師が建てた学校で教育を受けたと評価している

フリートリヒの旅は娘とのかかわり方を変えただけでなく
アフリカ人とのかかわり方も変えた



訳者あとがき
シュルツが青少年向けの本を書いたのはこれが初めて

アフリカの国境線が妙に直線的なのは
植民地主義時代の暗い影を色濃く残している


この地の支配がドイツからイギリスに移って15年以上たった1930年代が舞台

「ドイツ教養小説 ビルドゥングストマーン」
ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスター』ほか

本書のゴルトシュミット、アンナは実在の人物がモデル



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