この長編の主題は、フォークからロックへの移行期の
一番ハードだった時期を振り返ることだったのかな
劇場ではこの数時間に渡る映画をどう上映したのか?
そして、今、ディランは元気かなあ
【内容抜粋メモ】
1966年 ツアー映像
看板を何度も読んで、1人でテンション上がってる
この映像もどこかで見たことがあるな

ロンドン
ウディ・ガスリーはどうした? と男性の声
イギリス音楽とは違う アメリカン音楽なんだ

男:左手を見せて その手はギターを弾けないな
まいったな 右手を見せるのもイヤだよ

<3年前>
♪BLOWIN' IN THE WIND/ピーター・ポール&マリー
1963年 ワシントン大行進
ミュージシャン ピーター・ヤーロー
マーティン・ルーサー・キングの有名な演説

♪WHEN THE SHIP COMES IN/ボブ&バエズ

1963.10
♪A HARD RAIN'S A-GONNA FALL

ケネディ暗殺で号泣する人々
(こんな歴史も通ってきた人が、今も生き証人としているのがスゴイな

1963.11
暗殺犯人とされたオズワルドが射殺されて
その犯人が逮捕される映像もしっかり残ってるのもなんだか妙な話
1963.12 緊急市民的自由委員会の自由賞受賞
21歳で賞を受けたボブは違和感を感じて攻撃した

キューバに行った人に代わって感謝します
キューバに送られたのは若者ばかり
“若者になる”のは難しかった 若者は誇りです
座っているのが皆さんでなく
頭に毛がある人ならもっといいのに ほかの点でもね
髪のない年寄りは手を引いて
僕を取り込もうとする人たちには髪の毛がない とても不愉快だ
黒も白も、左も右もない
上か下か、下は地面すれすれのどん底
政治のことなんか考えず、這い上がろうと思います
僕は最初から社会派ソングライターじゃない
NYではますますアイトサイダーとして疎外感を味わった
♪CHIMES OF FREEDOM 自由の鐘
歌の後、ボブの乗った車がものすごい人に囲まれた
彼はアイドルになり、多くを求められるようになった
誰もが惹きつけられた

1964 スティーヴ・アレン・ショー
ものすごい褒められてる記事を読む

♪ALL I REALLY WANT TO DO
(なにかを究めて、有名になりたいと思って
いざなってみると、自分じゃなくなり、地獄のような目に遭うのは皮肉だな
その後、大衆が見たいのは、ヒーローが落ちる様
ジョニー・キャッシュもカバーしてる/驚 ♪くよくよするなよ
キャッシュは神さまみたいな人だ
彼が僕の曲を歌うなんて想像すらできなかった
フォークシンガー トニー・グローヴァー
ボブはキャッシュからギターをもらった
それはとても名誉なことだ
<ニューポート フォークフェスティバル>
♪MR. TAMBOURINE MAN
アイドルの顔してるな とてもハンサム
アコギとハモニカだけ

マネージャー/プロモーター ハロルド・レヴェンタル
ボブは社会派の歌を作らなくなった
それまで素晴らしい歌を作っていたのに
カリフォルニア大学バークレー校 フリースピーチムーブメント
スピーチというより怒声 スピーチ後に逮捕されてる!


ミュージシャン ボビー・ニューワース

ボブからコンサートに出ないかと誘われた
あの頃、芸術的な成功は金じゃなかった のどかな時代だ
あんな歌を初めて聴いた
♪IT'S ALRIGHT MA, I'M ONLY BLEEDING
こんな難しくて長い歌詞をよく間違えずに歌えるなあ

♪GATES OF EDEN
♪IT AIN'T ME BABE
ベトナム戦争のドキュメンタリー映像

♪ALL MY TRAILS/ジョーン・バエズ
一緒に歌う若者たち
バエズ:
2人ならどんな運動も可能に思えた
2人のツアーが終わった時、ボブは次はカーネギーホールでやろうと言ったから
何するの?と言った
やりたい音楽が違っていたからガッカリした
♪WITH GOD ON OUR SIDE
『ドント・ルック・バック』より D.A.ペネベイカー監督

♪SUBTERRANEAN HOMESICK BLUES
この映像もよく出る


バンドがいるほうが歌の力を引き出せると考えた
♪MAGGIE'S FARM
♪BOB DYLAN'S 115th DREAM

『ウォールデン』より ジョナス・ミカス監督
バエズとの関係が終わる
♪LOVE IS JUST A FOUR LETTER WORD(この曲好き

バーズの♪ミスター・タンブリン・マン

♪LIKE A ROLLING STONE
ギター マイク・ブルームフィールド

本物のブルースの弾き方を教えてやると言った
最高のギタリストだった
ミュージシャン アル・クーパー

ボブの大ファンで行ってみたら、ブルームフィールドがいて
トムにオルガンを弾かせてと言った
テンポが遅れたりしてたけど、ボブが“オルガンの音を上げてくれ”と言った
(ワオ! あの味のあるオルガンは彼だったんだ/驚
はじめは50番まで歌詞があった/驚
ウォーホルも登場
アンディ・ウォーホル監督『スクリーンテスト:ボブ・ディラン』


『フェスティバル』より マレー・ラーナー監督
ボブがアルを呼んだ
♪マギーズ・ファーム
刺激的なアレンジ
1/3がブーイング?!
音がひずんで、歌詞が聞き取れなかったがボブの指示だった
これはフォークじゃない ポップだとコードを切ろうとして意見が割れていた
フォークファンにとって、ロックは裏切りの音楽だった
ボブがメインなのに15分だけでステージを降りた ほかの人は1時間やったのに
ここでもブーイング
♪IT'S ALL OVER NOW, BABY BULUE
もう終わりなんだよ ベイビー・ブルー
これは大歓声
数か月後、前半はアコギ、後半はロック
あれほど敵意を感じたコンサートはない
ブーイングは平気だ 捨てたもんじゃない
優しさがかえって人を殺す場合がある
♪HIGHWAY 61 RIVISITED
黒いサングラスでロックスターぽい
一生にいろいろトライすると周りがついていけないか


♪BALLAD OF A THIN MAN
レコーディングで全然違う曲になる瞬間!!
記者会見
ジャケのTシャツには意味があるのかと聞かれて苦笑
よく覚えてないな
(この顔もハンサムだな
聞くほうも、答えるほうもタバコを吸ってる時代

Q:あなたは歌手? 詩人?
歌って踊る芸人だと思ってる
1週間後 ロサンゼルスでの記者会見
ハリウッドボウル後、アルはバンドを離れた
アル:大統領が暗殺されて怖くなった
ここでザ・バンド登場ってw

後ろに勇敢な騎士団がいるのと同じだった

ドラム ミッキー・ジョーンズ:悪評が口コミで広がり先回りしてたんだ
女性ファン:半分半分に分けるなんてインチキよ!
スウェーデン ストックホルムの記者会見
ボブの曲を聴いたことがない記者が質問
それが私の仕事ですから
ロンドンでの撮影はほんとうに病気っぽい
メガネをくわえてください
君がくわえたら?
キャッシュと一緒に歌う

女性ファン:サインをしてよ! ロクデナシって呼ぶわ!
新しいディランを雇うよ どれだけもつかな
ただ家に帰りたいだけだ
(すっかり病気ぽい こんな状況をよく正気で乗り切ったな・・・

1966.7.29
ヨーロッパツアーから戻って間もなく、ボブはバイク事故に遭う
(そうなるよね 心身が限界だから休もうよってサイン
とんでもなく長い列!!
墓場から戻ってきました
客:裏切り物ユダ!
I don't believe you ウソつきめ でっかく行こう
♪LIKE A ROLLING STONE
冒頭のライヴ

事故後もボブは歌とレコードを作り続けた
だが、ツアーは8年後まで行わなかった
一番ハードだった時期を振り返ることだったのかな
劇場ではこの数時間に渡る映画をどう上映したのか?
そして、今、ディランは元気かなあ
【内容抜粋メモ】
1966年 ツアー映像
看板を何度も読んで、1人でテンション上がってる
この映像もどこかで見たことがあるな

ロンドン
ウディ・ガスリーはどうした? と男性の声
イギリス音楽とは違う アメリカン音楽なんだ

男:左手を見せて その手はギターを弾けないな
まいったな 右手を見せるのもイヤだよ

<3年前>
♪BLOWIN' IN THE WIND/ピーター・ポール&マリー
1963年 ワシントン大行進
ミュージシャン ピーター・ヤーロー
マーティン・ルーサー・キングの有名な演説

♪WHEN THE SHIP COMES IN/ボブ&バエズ

1963.10
♪A HARD RAIN'S A-GONNA FALL

ケネディ暗殺で号泣する人々
(こんな歴史も通ってきた人が、今も生き証人としているのがスゴイな

1963.11
暗殺犯人とされたオズワルドが射殺されて
その犯人が逮捕される映像もしっかり残ってるのもなんだか妙な話
1963.12 緊急市民的自由委員会の自由賞受賞
21歳で賞を受けたボブは違和感を感じて攻撃した

キューバに行った人に代わって感謝します
キューバに送られたのは若者ばかり
“若者になる”のは難しかった 若者は誇りです
座っているのが皆さんでなく
頭に毛がある人ならもっといいのに ほかの点でもね
髪のない年寄りは手を引いて
僕を取り込もうとする人たちには髪の毛がない とても不愉快だ
黒も白も、左も右もない
上か下か、下は地面すれすれのどん底
政治のことなんか考えず、這い上がろうと思います
僕は最初から社会派ソングライターじゃない
NYではますますアイトサイダーとして疎外感を味わった
♪CHIMES OF FREEDOM 自由の鐘
歌の後、ボブの乗った車がものすごい人に囲まれた
彼はアイドルになり、多くを求められるようになった
誰もが惹きつけられた

1964 スティーヴ・アレン・ショー
ものすごい褒められてる記事を読む

♪ALL I REALLY WANT TO DO
(なにかを究めて、有名になりたいと思って
いざなってみると、自分じゃなくなり、地獄のような目に遭うのは皮肉だな
その後、大衆が見たいのは、ヒーローが落ちる様
ジョニー・キャッシュもカバーしてる/驚 ♪くよくよするなよ
キャッシュは神さまみたいな人だ
彼が僕の曲を歌うなんて想像すらできなかった
フォークシンガー トニー・グローヴァー
ボブはキャッシュからギターをもらった
それはとても名誉なことだ
<ニューポート フォークフェスティバル>
♪MR. TAMBOURINE MAN
アイドルの顔してるな とてもハンサム
アコギとハモニカだけ

マネージャー/プロモーター ハロルド・レヴェンタル
ボブは社会派の歌を作らなくなった
それまで素晴らしい歌を作っていたのに
カリフォルニア大学バークレー校 フリースピーチムーブメント
スピーチというより怒声 スピーチ後に逮捕されてる!


ミュージシャン ボビー・ニューワース

ボブからコンサートに出ないかと誘われた
あの頃、芸術的な成功は金じゃなかった のどかな時代だ
あんな歌を初めて聴いた
♪IT'S ALRIGHT MA, I'M ONLY BLEEDING
こんな難しくて長い歌詞をよく間違えずに歌えるなあ

♪GATES OF EDEN
♪IT AIN'T ME BABE
ベトナム戦争のドキュメンタリー映像

♪ALL MY TRAILS/ジョーン・バエズ
一緒に歌う若者たち
バエズ:
2人ならどんな運動も可能に思えた
2人のツアーが終わった時、ボブは次はカーネギーホールでやろうと言ったから
何するの?と言った
やりたい音楽が違っていたからガッカリした
♪WITH GOD ON OUR SIDE
『ドント・ルック・バック』より D.A.ペネベイカー監督

♪SUBTERRANEAN HOMESICK BLUES
この映像もよく出る


バンドがいるほうが歌の力を引き出せると考えた
♪MAGGIE'S FARM
♪BOB DYLAN'S 115th DREAM

『ウォールデン』より ジョナス・ミカス監督
バエズとの関係が終わる
♪LOVE IS JUST A FOUR LETTER WORD(この曲好き

バーズの♪ミスター・タンブリン・マン

♪LIKE A ROLLING STONE
ギター マイク・ブルームフィールド

本物のブルースの弾き方を教えてやると言った
最高のギタリストだった
ミュージシャン アル・クーパー

ボブの大ファンで行ってみたら、ブルームフィールドがいて
トムにオルガンを弾かせてと言った
テンポが遅れたりしてたけど、ボブが“オルガンの音を上げてくれ”と言った
(ワオ! あの味のあるオルガンは彼だったんだ/驚
はじめは50番まで歌詞があった/驚
ウォーホルも登場
アンディ・ウォーホル監督『スクリーンテスト:ボブ・ディラン』


『フェスティバル』より マレー・ラーナー監督
ボブがアルを呼んだ
♪マギーズ・ファーム
刺激的なアレンジ
1/3がブーイング?!
音がひずんで、歌詞が聞き取れなかったがボブの指示だった
これはフォークじゃない ポップだとコードを切ろうとして意見が割れていた
フォークファンにとって、ロックは裏切りの音楽だった
ボブがメインなのに15分だけでステージを降りた ほかの人は1時間やったのに
ここでもブーイング
♪IT'S ALL OVER NOW, BABY BULUE
もう終わりなんだよ ベイビー・ブルー
これは大歓声
数か月後、前半はアコギ、後半はロック
あれほど敵意を感じたコンサートはない
ブーイングは平気だ 捨てたもんじゃない
優しさがかえって人を殺す場合がある
♪HIGHWAY 61 RIVISITED
黒いサングラスでロックスターぽい
一生にいろいろトライすると周りがついていけないか


♪BALLAD OF A THIN MAN
レコーディングで全然違う曲になる瞬間!!
記者会見
ジャケのTシャツには意味があるのかと聞かれて苦笑
よく覚えてないな
(この顔もハンサムだな
聞くほうも、答えるほうもタバコを吸ってる時代

Q:あなたは歌手? 詩人?
歌って踊る芸人だと思ってる
1週間後 ロサンゼルスでの記者会見
ハリウッドボウル後、アルはバンドを離れた
アル:大統領が暗殺されて怖くなった
ここでザ・バンド登場ってw

後ろに勇敢な騎士団がいるのと同じだった

ドラム ミッキー・ジョーンズ:悪評が口コミで広がり先回りしてたんだ
女性ファン:半分半分に分けるなんてインチキよ!
スウェーデン ストックホルムの記者会見
ボブの曲を聴いたことがない記者が質問
それが私の仕事ですから
ロンドンでの撮影はほんとうに病気っぽい
メガネをくわえてください
君がくわえたら?
キャッシュと一緒に歌う

女性ファン:サインをしてよ! ロクデナシって呼ぶわ!
新しいディランを雇うよ どれだけもつかな
ただ家に帰りたいだけだ
(すっかり病気ぽい こんな状況をよく正気で乗り切ったな・・・

1966.7.29
ヨーロッパツアーから戻って間もなく、ボブはバイク事故に遭う
(そうなるよね 心身が限界だから休もうよってサイン
とんでもなく長い列!!
墓場から戻ってきました
客:裏切り物ユダ!
I don't believe you ウソつきめ でっかく行こう
♪LIKE A ROLLING STONE
冒頭のライヴ

事故後もボブは歌とレコードを作り続けた
だが、ツアーは8年後まで行わなかった