春分の日なので、旦那さんを亡くされている友人のAさん家へ行ってみた。
案の定、昼にお寺さんがお参りに来るので、事前の手伝いにもうすぐ札幌から娘さんが来るのだという。「じゃあ、私はこのまま失礼するからね。」と言ったのだが、「是非、お茶を一杯飲んで欲しい。」と言われて家に上がった。
居間はいつもよりは片づいていたが、床はまだ掃除をしていないらしく、小さなゴミがあちこちに落ちていた。
居間の隣室の戸が開いていたので、初めて大きな仏壇が置いてある部屋だということが分かった。既に左右の「ぼんぼり」に火が灯されていた。
大学病院の「脳神経科」に行っている事を聞いていたので、その後どうなったのか聞いた。すると2ヶ月程前から薬を飲んでいるが、3回も薬が変わったのだという。
どんな薬か見せて貰ったら、認知症の進行を抑える「アリセプト」の5mgの薬だった。薬の強さが1mgから2mg、そして5mgへと変わったらしい。この薬は副作用もあるので、様子を見ながら少しずつ強くしているのだろうと思った。
私は「Aさん、もうそろそろこれからの生活を考え直す時だと思うよ。」と言ったら、「一人の娘が同居しても良いというけど、物が溢れていて同居できないの。」と言う。
「それなら、いらない物を処分したらどうなの。」と言うと、「みんな大事で捨てられないの。」と言う返事が返って来た。
そこで私が、「これからは物よりもスペースが大事でしょ。私も2年前に引っ越した時、数百冊の本や家財道具を処分したよ。本は図書館に行けば、自分が持っていないもっと色々な本も読めるしね。」と言った。
するとAさんが、急にパット反対側の部屋を開けた。狭い6畳間の和室に大きなベットが置いてあり、その横の壁一面に天井近くまである二つの書棚が置いてあって、古い全集物の本がぎっしりと入っていた。世界と日本の文学全集、万葉集、世界美術全集などだ。部屋を書棚が塞いでいるので、歩く隙間がやっとある状態になっているのだ。
「この本も処分できないの。」と聞くと、「いや、今決心した。無くしてしまいたい。」と言う。
そこで私は「それなら図書館に引き取って貰えるかどうか聞いてもいいかい。引き取ってくれるなら私が手伝うよ。」と言うと、「お願いします。」と言われた。
さらに聞くと、二階にもそれ以上の量の本があるのだそうだ。数十年間買い込んで読んだ雑誌も、今まで一度も捨てた事が無いのだという。私のお節介の性格がまた出て来て、来月になったらそれらの片づけを手伝ってやろうと思った。
「娘さんが来る前に掃除機をかけようか。」と二回言ったが、「私がするからいいよ。」と言うので、お茶を一杯頂いて帰って来た。
確かに戦中・戦後の物のない時代を生きてきた人達は、私も含めて物がなかなか捨てられないのだ。それにどんな物にも1つ1つの思い出があるので、考え方を変えなければ捨てることができないのは良く分かる。
でも、多過ぎる物のために逆に生活が不便になったり、精神的にストレスが溜まるのは決して良い事ではない。
ましてAさんのように高齢になれば、後の人に迷惑をかけてしまう事にもなる。さらに重たい書籍の始末は、もうAさん一人では無理なのだ。そう考えると私の出番もあるということになる。
早速明日、図書館に聞いて見たいと思っている。