花好き・旅好き80代北国女性の日記(ブログ開設18年目)

趣味はガーデニングと家庭菜園、外国旅行だが、新型コロナ禍と膝の不調、円安が重なり、今は外国行きは見合わせている。

海外旅行「インド・ラジャスタン州」(7)

2020年03月12日 | 海外旅行「南アジアⅠ」インド

3日目は、「ウダイプール」のホテルを8時半に出てからバスで約100kmの距離を2時間半、、東北東の隣町「チットールガル」まで走った。この町を治めていた王が築いた「クンバルガー城」を見学するためだ。

出発後、町の人々の朝の風景に出会った。走るバスから見て写した一瞬の写真なので、何をしているところかは定かには分からなかった。

途中の山裾に豊かな小麦畑があり、4月の収穫を待っていた。小麦は年に2回収穫される。

8時近くに「クンバルガー」に到着した。そこでバスから降りて、オートリク車に乗り換えた。城まで7km乗るという。

細い道を暫く走ると、リク車から下ろされた。そこが「クンバルガー城」の撮影スポットだと教えられた。城は高さ150mの小高い山の上に建っていた。

この城砦は、「チットールガル城」が陥落した後、王「ラーナー・クンパ」は「ウダイプール」に逃げ落ち、そこを首都に決め、1443~1458年にこの城を建てて統治した。

オートリク車で登ったところに最初の分厚い「城門」があり、その前でオートリクシャーから降りて門内に入り、さらに私達は勾配が急な坂道を徒歩で暫く登った。

最初の門の「ラーム・ポール門」

少し登ると、水道が設置されてあり、右側に「シバ神の寺院」が建っていた。今も使われているようだった。

 

そこから上の城を見上げた。ブーゲンビレアが咲いていた。

更にツヅラ折に傾斜している道を登るとようやく山の頂上に出た。

  

廃墟の入口には、雨が少ないこの地方で、雨水を溜める装置があった。

  

     

小さい中庭に沿って、贅を凝らした居室があった。

      

更に城の屋上に上がると、遥か下に私達が通った道が見えた。

見学し終わり、城を出た時、中学生らしい一団が登って来た。見学に来たというより、体育の授業で軽登山をしているように思えた。

見学後、「ジョードプル」に戻り、ホテルに向った。

 

 

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海外旅行「インド・ラジャスタン州」(6)

2020年03月12日 | 海外旅行「南アジアⅠ」インド

3日目、ボート遊覧を終えてから、世界遺産「チットールガル城」の見学に行った。

「チットールガル駅」周辺に小さな町があり、そこから「オートリク車」に乗って高さ150mの山に登った。そこに東西800m、南北2.5kmという広さに「チットールガル城」の遺跡とジャイナ教の寺院などが点在していた。

「チットールガル」は1567年までは「メーワール王国」の首都だった。しかし、14~16世紀に3度、イスラーム教徒軍に攻撃され、最後は女性達が名誉の自殺をし、兵士達も次々と倒れて行き、敗戦した。

女性達が下の町まで行くための近道だったという。

         

上から下を見下ろすと、数台のオートリク車が私達を待っていた。

「ストリンガー・チョーリ寺院」はジャイナ教の寺院だ。

「チットールガル城」から1kmほど離れた平地に1448年に建てられた9層、高さ37mの「勝利の塔」が立っていた。周りにはぐるりと繊細な彫刻が施されていた。

また、傍の崖下に貯水池も造られていた。この場所には野生の猿が沢山いた。

      

      

 

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海外旅行「インド・ラジャスタン州」(5)

2020年03月12日 | 海外旅行「南アジアⅠ」インド

2日目は朝、「ビチョラー湖」に行き、ボートで遊覧した。

前にも書いたが、この湖は16世紀に直ぐ隣の町「チットーガル」を追われた王「ウダイ・スイン」が川を堰き止めて造った15k㎡ある人造湖だ。

私達は救命胴衣をつけて1艘の遊覧船に乗った。ほとんど波の無い穏やかさで、昨日見学した「シティパレス」を右に見ながらボートは北を目指した。

やがて湖の中に建つ「タージ・レイク・パレス」の周りを遠巻きに回った。ホテルの宿客者か、ホテルの端で水浴びをしていた。

  

            

やがて湖の南方にある小さな「島の宮殿」の桟橋に辿り着いた。そこで20分程休憩したが、この島でもお金持ちの結婚式の準備をしていた。

         

遊覧を終えて、私達は元の桟橋に戻った。

街中の昼食場所では、庭に大勢の外国人観光客が集っていて、ビュッフェスタイルのインド料理が提供された。日本人は私達だけだった。

     

昼食を終えてバスに乗ると、直前に沢山の人を乗せた軽トラックが走っていたので写真を撮った。インドでは、こんな乗り方は当たり前のようだった。バスもドアが開いたまま走っていた。

              

 

暫く行くと牛が走って来た。インドの牛はこういう体型をしているのが多かった。

 

 

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