安心、安全と美味しさへのこだわり
そんな「こだわりの農業ブログ」を毎日更新
主役の妻は生産部長、夫は営業部長兼雑用係
今年の枝豆販売は今日が最終日となった。
最後となった「かおり豆」は未だ畑に残っているが既に収穫適期を過ぎつつあるので
稼働面も含めた総合的な判断で「終了適期」と決めた。
「かおり豆」は先祖伝来の種を使用しているためか、当地の生育環境に適しているらしく
天候不順や雑草への抵抗力が強く、不作に終わった他の枝豆と異なりソコソコの収量と
なっていた。

(市野々の叔母宅のウメモドキ。今年は沢山の実をつけた)
それでも「秘伝」の後に販売するのは、「真打ちの後に前座が登場する」ような気おくれが
あったが、今朝の産直で御贔屓のお客様から「かおり豆も美味しい枝豆ですね」と声を掛け
られ大きな励みとなった。
高価な種を購入する必要のない「かおり豆」は来年以降も「強い味方」になってくれそうだ。
雁は早朝に北東の餌場に向かい、夕方になると南西のネグラに戻る。
かなり高い上空を往復するので、地上に届く鳴き声で初めてその編隊飛行に気付くことが多い。
編隊の数は半端ではないので数えたことはないが、かなりの数に達することだけは間違いない。
たまたま今日は、珍しく帰宅時間が早い編隊と遭遇したのでカメラに捉えることが出来た。

朝な夕な、何組もの美しい編隊が同一方向を目指す「天空ショウ」を眺めていると「自然の営みの
偉大さ、崇高さ」を感じざるを得ない。
市野々の畑の大半は雑草に負けて作物が姿を消してしまっていたのでトラクター牽引式の草刈機で
雑草を切り刻み、小麦播種に向けた準備を始めた。
そんな中、枝豆畑は大丈夫だったが、収穫適期を過ぎてしまったので「枝豆としての収穫」を断念し、
「大豆として収穫」することに切り替えた。
収獲までは未だ日数があるが、畑の中は大小さまざまな動物逹の「出入り自由の痕跡」だらけだった。
そんな実態を見て「これ以上、収量を減らす訳には行かない」と慌てて電気柵を設置することにした。

市野々の畑に電気柵を設置するのは初めての試み。
今夜は、近寄って来た動物逹が電気ショックを初体験し、「ギャー」と悲鳴をあげるに違いない。
「米検査」で等級査定を経ないと米の銘柄を明示して産直で販売することは出来ない。
その他の農産物はそのような制約はないので、「米が日本人の主食」のため規準を厳しくし
「安定した品質の米を供給させる」趣旨かもしれない。
しかし、だからと言って検査時に銘柄を確認できる訳でもないし、販売時に等級を明示する
訳でもない。
検査と販売とは何の関連性も有していないのが実態で、生産者にとっても消費者にとっても
何の機能も果たしていない無駄な作業のように思えてならない。

等級査定は農協出荷が100%だった時代のナゴリであって、「国の制度が環境変化に追いついて
いないだけのこと」というのが就農当初からの疑問となっていた。
そんな「昔の名前で出ているだけ」の制度に振り回され、今日も半日の稼働をかけてしまった。
夜、バド練習に出かける時に、肩や脚に「筋肉痛がある」のを不思議に感じたが、30kgの米袋を
何袋も運ぶ「積み込み作業」の後遺症だった。
。
昔はどこの家でも猫を飼っていた。
子供にとって、猫は友達でありオモチャでもあったので可愛がりもしたが「からかう」
ことの方が多かったような気がする。
仲の良かった三毛猫は、冬場になると温かい炬燵の中に入って寝ていたが、それが
裏目に出て、炭火から出る一酸化炭素で中毒死してしまった。
炭火炬燵の怖さを実体験した瞬間だった。

(ネズミ捕獲が主目的で飼っている我が家のタコは、寒い冬でも家の中には入れない)
私も、小学校低学年の時に、ふざけて練炭炬燵の中に潜ったことがあった。
気持悪くなって直ぐに炬燵の外に顔を出したので大事には至らなかったものの、一時、
家族は大騒ぎとなった。
私の考えや行動が「一般的ではない」のは、この時に壊れた脳細胞が「再生しなかった
ためではないか」と思っている。