重労働から解放されて眠りに落ちたのが午前三時、寝れば極楽、極楽というわけにはいかなかった。妻に脇腹をつつかれて目を覚ました。窓の外はまだ真っ暗だ。
「アンタァー」と彼女は問いかけた。アンあたりまでは低音でタァーで鼻にかかった高音になる。妻の地方の方言らしい。長屋の飯炊き女が亭主に甘えているようで気色が悪いと苦情を言っているのだが、一向に改めない。
「アンタァー、あれどうなった」とまた脇腹をつついた。
「あれって?」
「マンション法と憲法の関係よ。忘れたの」
「、、、、、」
無理だ。レム睡眠状態では理解できない。
「やってないの」と彼女の声はとがってきた。
「ああ、あれね」ととりあえずはぐらかす。
そうか、なんかそんなことを頼まれたな、マンション管理法と上位法の関係だったかな。
「いま調べているところだよ」と急場しのぎに答えた。
どこのマンションでも購入すると管理組合に知らない間に加入させられている。本人の意志も聞かない。そしてやたらと義務だ義務だといって総会に出席しろと部屋まで押しかけてくる。出席しないなら委任状を出せと言ってくる。不快に思って管理組合を脱退しようとすると出来ない。管理規約があっても脱退、退会の規定がない。欠陥規約である。憲法の結社の自由や民法の規定に違反するというのが妻の考えである。その辺を調べろというのが洋美のご下命である。判例があるかもしれないからそれも調べろというのである。第九はようやく思い出した。何にもしていないのである。すっかり忘れていた。
一体良心的に管理組合への加入を正式に本人に求めてきて、本人が同意して署名捺印したなんてケースがあるのか。彼の場合は無かった。それで知人に経験を聞いてみようと思って何人かに声をかけた。一人だけ、事前に管理規約(案)を渡されて署名捺印を頼まれたのがいたが、とても断れるような雰囲気ではなかったという。やたらと長い規約で読んで理解するのには一週間以上かかりそうだったのでまあいいや、と押印した。
なにか不都合があれば退会すればいいやと気軽に考えたそうだ。ところが、あとで規約を読んで驚いた。どこにも退会の規約がない。おまけに解散の条項もなかったという。こんな欠陥法が許されるのかと怒っていた。
上位法との関係は調べていない。しかし明らかに憲法違反だろう。結社の自由はたしかにある。しかし、それは結社を作る権利を禁じることが出来ないという趣旨だ。結社の活動に同意できなくなれば構成員には脱退の自由がある。それを禁止するがごときは基本的人権の侵害である。調べるまでもないようだ、と第九は思った。しかしキャリア・ウーマンである洋美は起承転結の整ったまとまったペーパーがないと納得しないのだろう。それもA4で10枚位の、やれやれ。
退会規定がないなんてまるで新選組ではないか。やめたいと申し出ると切腹させたという。