いったん戻りかけたスタッグカフェ「ダウンタウン」の客足も再度のコロナ感染者数の激増でぱったりと止まってしまった。女主人も顔を見せることが少なくなった。レジでは愁い顔の美女長南さんが仏頂面で腕組みをして外の廊下をたまに通る通行人を睨みつけている。しかし下駄顔をはじめとする常連はいつもの席に来ていた。月曜日である。
「終末の成績はどうでしたか」と誰かがコロナ騒ぎでパチプロから俄か馬券師に変身した立花さんに聞いた。
「いや、全然ダメですね。だんだん悪くなる」
「夏競馬は難しいのですか」
「そうですねえ、それにずいぶんと競馬から離れていましたからね、カンが戻らない。明日からはパチンコに戻ろうかと思ってね」
「そうすると、今頃の時間は肉体労働の最中ということですね」
「そう、この時間には店に来られない」
「それは寂しいね、じゃあ今日はどこかでぱーっとお別れパーティをしましょう」とCCが提案した。
「だめだよ。宴会、飲み会は自粛しなければいけない」とエッグヘッドが注意した。
話頭を転じるように下駄顔は第九のほうを向いて「新居はどうです。あの辺は洪水で停電することもないでしょう。余丁町あたりは」
「さあ、どうですかね。しかし水が出てマンションの電源装置が冠水してエレベーターが動かなくなっても、50階も階段を上り下りしなくていいから彼女も安心したようです」
「今度の部屋は何階なんですか」
「三階です」
「なるほど、それなら歩いて上り下りしても大して苦痛にはならないね」
「電源が止まるとトイレへの給水もできなくなるからな、女性は大変でしょうね」
「別に女性だけに限らないでしょう」とCCが抗議をするかのように補足した。
「それで新居の住み心地はどうですか」
「新居といっても中古のマンションですからね。ま、前より広くなったからようやく主夫用の部屋が与えられたのでよかったです」
「ベッドも別にしたんですか」といつの間にか来ていた長南さんが興味深々と言った表情をした。
「わたしもそうしたかったんですがね。エクストラベッドは彼女が認めないんですよ」と第九はため息をついて肩を落とした。
「そうすると、天蓋付きのマリーアントワネット風のベッドに同衾しなきゃならないわけ」と単刀直入に発すると美しい顔を同情で曇らせた。
「あのベッドはトランクルームに預けたんですよね」と物覚えのいいCCが確認した。
「ええ、そうなんですけどね。エクストラベッドは主夫契約で認められていないと彼女が言うのですよ」
「大変ね」と同情したのは二十歳を出たばかりの老成した憂い顔の長南さんであった。
「それでね、そのかわりトランクルーム預けていた本を出して部屋に置こうと思ったんですがね。取り寄せてみると部屋に収まり切れない。また半分ほどをトランクルームに逆戻りさせました」とため息をついたのである。